キンダーコアのキュートブレイクビーツポップ キティクラフト・パメラさんへインタビュー



「変わらないものってあるのかしら?時間に勝てる方法ってないのかしら?」
僕の大好きな、大好きな短編漫画の中の台詞(それには「彗星物語」という素敵なタイトルがついている)の中の台詞を思い出す。76年という周期で一度だけ接近し、そしてキスもできないまま別れていく。
「ぼくはまた彼女に会えるのだろうか?分からないなあ。」
crabsが奏でる音楽は、小さくて、強くて、自然で、楽しくて、最高です。C.T.Bの池田さんが、「失恋の時に聴くといいですよ、私はすでに経験済み」などと強がって切ない事を書いていたけど、音楽ってね、crabsっても、なんて弱者に対して優しいのだろうと感動する、それは、僕やこれを読んでいるあなたもそうだと思うけど、Kレーベルの姿勢自体にもあてはまる事だと思うけどね、そこがいいんだよなあ。
元気のない人は元気を出して、恋してる人はもっと恋に燃えて、社会に対して怒ってる人も応援して、みんなにちょっとづつ挨拶して、ちょっとふれあったりして別れたりして、こんにちは、ごきげんよう、それでもぼくらは闘っているのだ、相手は誰だかわからないけど。気持ちの悪い人達と、楽しい事をつまんなくしちゃう人達と。それも、音楽→音を楽しむ、という事の要素なんだよ。
音楽的に言えば、crabsは、ギターとドラムとオルガンとコーラスという最小限の音で成り立っている、だからどうだ、だからなんなんだよ、うお〜っ、ていう程はまってて、自然でかっこいい、楽器とか声とかも大事だけど、やっぱ、それを演奏する人の「人柄と愛とソウル」が魂を直撃する、僕がハマる要素もそこにある。川が始まる様に、ピュアな想いの結晶が滴となり、それが集まり流れとなる、流れは氾濫したり澱んだり濁ったりしながら、時には洪水となって全てをぬぐいさってしまうかもしれない、しかし、いつか川は静かに流れ、魚が跳ね、水面に波紋が広がる、やがて流れは海へと向う…そうだ、それでいい。そんなバンドの流れ、それは普遍的な生命の流れだ、本当に素晴しい音楽はそんな強いものだ。だからcrabsの音楽は100年前に聴いても、100年後に聴いても絶対に変わらない、そんなものって、あるんだね、それだけで僕は嬉しい、crabsと出会って、crabsの音楽を聴けて、crabsのアルバムを買えて、僕は僕を少しだけ好きになれる、「ありがとう」、などと少し照れて言いたい。
「変わらないものってあるのかしら?時間に勝てる方法ってないのかしら?」
「ほんとになんだろう…、でもきっとあるよ。」
少年は口に出さないでそう思った、少年はやがて恋をして、墜落し、青い朝を横切って旅立ち、そして大人になった、大人になった少年はわかったんだ
「変わらないものってあるんだよ!時間に勝つ方法を見つけたよ!」
だけどそれを告げるべき少女はもういない、少年は、また少女に会えるのだろうか?(しおみ)
クラブスの3人がステージに登場、ピョピピピピって、あのキーボードの音が鳴って、ああ、本当にクラブスが僕の前にいるのだなど実感、
ライブが終わってニッシーにポップ・ゴーズ・アート!を渡して帰ろうとすると、
THE CRABS in 松本 1999.11.19 松本パンプキンヘッド
一年ぷりの再会です。昨年の素晴らしい公演は今でも脳裏に焼き付いて、またあの素敵な人達と会えるなんて!こんなに早く会えるなんて!しかも、サラさんは正式にクラブスの一員となって!そして、今年もキルロックスターズの

モグワイってライブ凄いらしいね、へーえ、じゃ行ってみるかな〜みたいな軽い気持ちで見ました、ティーンエイジのブレンダンが加入したとか、デビッドフリードマンがプロデュースしたとかで、なんか僕の聴いてる音楽にリンクしてるぞって気になってたんだ、で会場。客入りは予想より少し多いくらい、「GREAT3」の片寄さんもいた、
ってフライパンで頭を殴られた時の鈍い音も混じる、誰が何の音を流してるかさっぱり分らない、ただものすごい激情が彼らを突き動かしているとしか言えない、エモでくくられるのも納得、どう考えてもムチャなエモっぷりはエモ・ヤングチーム代表のモデストマウスと同位置にあると断言しよう。
雨の中、僕ならば肩すくめ帰るさベイビー。
しかし片寄さん、ショコラ連れてこなくて大正解でしたね。(しおみ)

フレーミングリップスの傑作アルバム「ソフトブレティン」は、「小沢健二」、「シーアンドケイク」と共に僕が旅する時に常に一緒だ、車窓からの田舎のつまらない風景なんかがとても美しく見えてしまう、魔法みたいな音楽、僕は大好きなんだ。
フレーミングリップスは、兄弟バンド、マーキュリーレブと共にアメリカの片田舎で歪んだノイズを垂れ流していた、去年、マーキュリーレブはケミカルとコラボレートした後、大傑作アルバムを発表しブレイク!ベースのフリードマンは、ウイーザーから、エルフパワーから、モグワイから、ナンバーガールから、プロデュースする全ての作品が傑作揃いという奇跡の仕事ぶり、リップス自体は4同時再生アルバム、ティムゲインらとの音響実験をへて、ついに、フリードマンと、「ソフトブレティン」を完成させた、その完成度の高さ、美しさ、今までの実験や、精神的な痛みが、全て「光」の中に集約されていく様な恍惚と至福の音世界、これは千年に一度のキス、もう止まらないです、俺は行くよ、ライブに行くよ、と思ってたら初来日!ワープ!加速装置!目指せクアトロ!
会場にはスクリーンが用意され、ドラムセットはなく、キーボードブースと、アンプが2コ、中央にドラがド〜ンと配置され、プロジェクターではサイケなCGがSEに合わせてカラフルに変化している、7時ジャストにライブが始まる、メンバーが登場し、今回のライブのシステムについてちょい解説する、ま、僕には理解出来なかったけどワーッってなって、ウェインがドラを叩くスティックを天にかざすと、その部分がCGでイナズマ型に光ってドドトワワッゴゴッって音が鳴って、「スプーンフル・ウィズ・ア・トン」が始まる、物凄いかっちょよさ、僕がティーンエイジなら失禁してたかもしれない(でも大人なので我慢した)、会場ではコアなファンが紙吹雪やクラッカーを待ってましたとばかりに大噴出!曲が終わるとなぜかメンバーはいったんひっこむ、その間もクラッカー、パンパン、スパンコールはパラパラの大騒ぎ、メンバー帰ってきた、一安心、マイクにCCDカメラが付いてて、
画面はいきなり「ビバリーヒルズ高校白書」実はこの番組でリップスはブレイクしたのだ、当時のクリップをバックに演奏、スティーブンは歪んだギターをくわえ煙草でプレイ、ウェインは拡声器で歪んだボーカルを披露、この人達が本物って言うのは、なんかかな〜り神経症入ってる歌詞と、それを克服した楽曲の美しさにあると思う、ウェインはおしゃべり人形をCCDにぶつけてアピール、そしてモンティパイソンの大傑作「バンデットQ」の映像がサンプリングされまくる、
続いて悲しい曲をと、「ウェイテング・フォー・スーパーマン」のクリップ、本を読みながら散歩してて、柱にぶつかって血まみれになったウェインを、スティーブンの息子がユダ(北斗の拳)の様に治療するというバッカ馬鹿しいストーリー、だけどなぜかグッとくるんだよな、ここで、ウェインが額に血ノリをつけてライブするというコンセプトも見えてくる。血まみれ姿に
ドラムはビデオでベース担当のマイケルが叩き、実際はスティーブンがビデオセット、ギター、キーボード、ペダルスティール、コーラス担当、忙しい。ウェインがボーカル、ギター、ドラ叩き。という編成。リップスのライブが普通のロックみたく宗教っぽくないのは、この本気汁と、どっか馬鹿馬鹿しい雰囲気があるせいではないか、最後の曲のクリップだって、口が飛んできてるだけなんだぜ、超低予算「マイク・ザ・ウイザード」みたいな世界、でも、フレーミングリップスって、「唇の形」だよ、日本語にしたら、それ思ったら笑えないよ、血のりをボッタボッタたらしながら絶唱するウェイン、誰かに似てるぞ、洋楽をちょっと知ってる人なら、「あ〜あ、あの80年代にいた、最近復活した、ホラ、シンプリーレッド!」
「ソフトブレティテン」って、いつの間にか撃たれて血が止まんなくて、それに気もつかなくて、ああ、このまま死ぬのか、悔しいなあ、って気分だと思う、そんなのはごめんだ、そうだろ!なら真剣に生きようぜ、君の愛する人を愛すべきだな、僕には恋人がいないけど、絶対に作ってやる!なんて、最後にやったクリスマスソングに救われた奴もいるぜきっと、一人でも、守るべき人が、たとえ遠くても、一生交わる事がなくても、そんな人がいたら、僕らの勝ちさ、わああああああああ、嬉しい、生まれて来て、生きてて、よかったあ、ありがとう。俺叫ぶよ、うああああああ!(しおみ)
軽薄でプラスチック感覚溢れる「80年代」をキチンと追体験したい人は「THAT'S イズミコ」を読んでみると良いよ、今なら古本屋で全巻束になって800円くらいで売っている、再版されていないが比較的簡単に手に入る。ユウウツな70年代から解放され、日本人が一時的に世界の中で成金状態になっていく80年代前半から、「THAT'S イズミコ」は小池一夫センセイ率いる「劇画村塾」に連載された、「劇画村塾」は時代、時代を代表する優秀な作家を排出した漫画雑誌で、70年代から80年代の代表が、高橋留美子の「めぞん一刻」で、80年代後半からバブル末期までの代表が西村しのぶの「サードガール」といったところか、裏80年代を迷走した大傑作「極めてかもしだ」の山本直樹もここ出身だったりする、そんな中で、80年代直球ドまん中、ハートにジャストにストライクな80年代漫画こそ「THAT'S イズミコ」なのだ、かくゆう僕も高校生の時にこれにハマった、ハマるべくしてハマったのだ、当時、学校の近くにあったオタク第一次世代がたむろする凄い喫茶店「地球防衛軍」にて、これを見つけ、あまりに80年代なノリに狂喜し、単行本を全巻即買いし、とにかく読み倒した、80年代なノリとは何か、それはディテールである、物凄い壮大な物語を構想しつつも、実際見せるのはわずかな部分であったり、設定や時代背景を必要以上にこだわるあのノリである、ガンダムで、ジオン軍がガンダムの事を「白いやつ」と呼び、ホワイトベースの事を「木馬」と呼んだりするアレだ、「ブラッドタイプ、ブルー、使徒です。」などと言われてもなんの事かよくわからんがかっこよかったりするアレだ、一見輸入文化に併合されているようだが、実は西洋合理主義とは対局に位置するところがこの時代のブツの面白いところ。70年代のバタ臭い雰囲気を排除し、やたらポップアップされていく絵柄、一見軽薄で実はドライな人間描写、リスペクトに満ちたサンプリング、つまりはパロディ、なにが起きても「アリ」な演出、登場人物が全員死亡して宇宙を笑いながら飛んでいっても「アリ」なのだ、これこそがそれ以前の人も以降の人もなしえない、80年代ならではの空気というものだ。
で、「イズミコ」である、ナゾの金持ちにして発明好きの女子大生「イズミコ」がアニメの「うる星やつら」をさらに加速させた様なスラップステックな大騒ぎを繰り広げるだけ、なのだが、このたまにSFやったりする時の設定のこだわり具合はもはやそれでけで一本別の漫画が描けるよ!漫画どころか小説書けるよ!と言ってしまいそう、しかもまる一冊分重〜い話を続けながら、そんな設定を惜しげも無く捨ててギャグで終わったりする、知識を吸収したがっている読者にエサをまくようなウンチクもまた魅力(三原順をオタクにした様な感じもする)、あとダイナミックな描写、そう絵が上手いのだ、後に史郎正宗がなしとげる作風を最初に始めたのも大野氏だと思う、史郎正宗も広大な情報量とか設定を築きあげつつ、断片的にしか読者に見せないイジワルな人だ、だがあの絵は古いよ、そう、古いといえば大野氏の作風は史郎正宗みたいなアニメ絵を確立させた後またあっさり捨てる、いや変化したのだろうあれは、作画が「イズミコ」後半からドンドン荒れてくる、ふでペン割って描いてるんじゃないのかというほどの荒れ具合、あれはある意味グランジではないかと思うが、荒れつつも同時にMACを導入して描いていたり、とにかく、切り捨て具合、変化の度合いがこうなったらもう爽快だった、そういえば永野護が創造した「ファティマ」という設定概念も大野氏の方が早かったような気もする、「ファティマ」って何?自分の分身の巨人の様なもの…かな。まあ、80年代を生き急いでぶっ飛んでいった作家である、この「最終回」を見よ、筆ででっかく「最終回」って描いてある、でアメリカが当時調子こいてた日本にミサイルをぶちこむ怒涛のラスト、「博士の異常な愛情」での「核弾頭にロデオするアメリカ人」みたいな、脳天気と痛烈な批判が混在している、この混在こそが重要である、およそ80年代を駄目にした人たちというものは「脳天気」だけだったのではないか、それは90年代でも同じ、「絶望」売り物にした音楽が若者を啓蒙してたりするもん、「ハッピーでチャーム」をほんとにハッピーでチャームなだけだと思ってる人が実際いたもん、まずいですたい星クン。軽さと批判、愛と怒り、ギャグとシリアス、ポップな絵と荒れた絵、このバランスで90年代も貫いた大野氏、その後押井守と「新宿池袋戦線異常あり」を出して以後、どうなんだろう、あまり見ないけど、現在、大野氏がどのような絵柄で、どのような作風で描いているか非常に興味があります。
いやー、今回オタク話ばっかでつまんなかったでしょ、ごめんなさい。でもさ、「イズミコ」のラストシーン、あんなにコマ割って、映画みたいで、やっぱいい。(しおみ)
「白鯨伝説」ANIMATION VIDEO
昨年まで、BS2で放送されていた作品。現時点での出崎統監督の最新作。「あしたのジョー」、「ガンバの冒険」、「家なき子」、「ブラック・ジャック」といった監督作品は全て僕の魂、あこがれ。この白鯨伝説も6話まで見たけど、やはり素晴らしい。監督のフィルムには大仰なテーマは存在しない、ただ、キャラが自分の限られた場所の中で精一杯生きてる姿を映し出すだけ。僕にはそれが美しくて、優しくて、醜くて、でも、どうにもかっこよくて、いつの間にか熱い、厚いものが湧き上がる。繊細でありながらも、時にここまでやるか!というくらいのダイナミックな表現、まるで人生の一瞬を切り取ったかのようなストップ・モーションの美しさ。キャラとキャラがぷつかりあって、生まれていくドラマ。いつも僕はその果てに”映画”を見る。”アニメ映画”ではない木物の”映画”を。確かに見たんだ。(トシ)
LLOVESSONGS/BOBBY CONN TKCB-71707
風街シカゴから、濃ゆ〜い新キャラ登場!? うぎゃ〜ヤラレタ!と、叫けばずにはいられなくなる馬鹿大爆発!ジムオルーク人脈でたどり着いたアナタも呆れるかな、はっきり言って異常です、発狂ポップ!日々の生活に退屈を感じている人にお薦め(できるのか?)。「ちょっとかたずけなさいよ〜」と注意したくなるメっちゃくちゃな食い散らかし音楽性。「もうイヤ!実家に帰ります!」といいたくもなるくらい主張ありすぎのクド〜いボーカル。ヴァイオリン担当の女性の名前がモニカ・ブーブーってのもイカしてる。…とても褒めている様に思えないかもしれないけど最強!グルーヴィーだしね。いや〜、ホントの「天才」って、「来るな!」って叫んでもやっぱ来ますね。(しおみ)
JIM JIMINEE/WELCOME TO HAWAII VINYL JAPN/ASKCD91
僕も2〜3年前はバンドやってて、夢見てて、いつかロックスターになったりして、インタビューなんかで「退屈なラブソングには、もうウンザリさ…」などと戯れ言をほざくのもいいなあ…とか思ってた、馬鹿ですな。夢からさめたら本当に退屈なギターポップばっかりでウンザリ、何聴いてもコーヒーミルククレイジー、いいかげんにしろ!そんなところへヴィニールジャパン様、最後のブツを再発、太っ腹!ラブパレードとかいうイベントで最初にかけたレコードらしいけど、そんな事はどーでもよくて、ちょいソウル入ったギターポップって個人的に大好きなんでこれにはヤラレた、マジ傑作、「タヒチ80」好きはそのままこれ行けます、サックスとか女性コーラスが入っても、ちっとも豪華にならないとこに親しみも感じたりして。(しおみ)
「サバマッチ」ミニコミ&「BOOKそわかさんの事」トピック
この夏行われた「ギャラリーそわか」さん主催の「ブックそわか」にお邪魔した際入手した冊子です。「ギャラリーそわか」さんでは暗闇の中で、インスタレーションのイスを倒したりして、それが場内に響いてがらっしゃ〜ん「大丈夫ですか〜」などと言われたり、本当にお邪魔だったのですが…日本中のフリペ、ミニコミを集めた中でピッとかかったのがこの「サバマッチ」でした、所謂、東京近郊一千万の(イヤ〜な)シャレオツピープルとはひと味違うぜ!といったデザイン&テキストを確立されています。僕は思わず「チクショー」と退部届けを破り捨て、「家までジョギングだ」イチッニッイチッニッ。それを木の上で見ていたトシ君も「これなんだよな〜」と苦み走った一言。(しおみ)
「ワッツイン・エス休刊」ショック
ぼくの(多分)つまらない人生の中でエスと共に生きた4年間は確実に輝いて残るだろう、エスはあっけなく終わった、寂しくなるが、しかたないさ、人間が永遠を目ざすのは傲慢だから、そんな事はしなくていい、ぼくはちょっとお酒を飲んで、微笑む事にしよう。あのね、一瞬だけでもいいんだよ、君が誠実に愛せるものがあったら、それだけでいいじゃないかもう、時間なんて言葉なんて関係ない、性別もジャンルも関係ない、誰もが、何もかもが等価値な小さな星の様な光だと考えてみて、もちろんぼくやきみも、それでいい。ぼくをそんな意識にさせてしまった最高の雑誌はもう存在しないけど、目をつぶるといつでも小さな無限の星が見える、ぼくはきみが大好きだよ、だからね、誇りをもって小さく強く輝いて欲しいんだ、群れる事は時として暴力となる、それは愚かな事だからして欲しくないな、そんな事を言いたくなったけど、ぼくは黙っていよう、こうやって誰もがチケットを探してるのだね。(しおみ)