

●先ほど、哀しい歌でも皆で分かち合うことで高揚感が味わえるという話がありましたが、どちらかというと後ろ向きな感情を表に出して分かち合うことで前向きな感情に変えていこうというのが、音楽をやる理由のひとつだとは言えますか。
シャーリー そうだなぁ……、歌詞に関して言えば、書いている段階では特に他人に聞かせることを意識していないんだ。ただ自分の気持ちを表現したいだけ…、どうしてなのかわからないけど、そうせずにはいられないような衝動がある。書いてしまうと、確かに気分は良くなるしね。僕にとってこれはひとつの自己表現だから、たとえ他の誰の耳に入ることがなくても続けていくと思う。それを聞いて共感してくれる人がいるというのは、オマケみたいなものさ。もちろん、僕もよけいにうれしいけど。
●あなた方の音楽を私に教えてくれた人は、「これが本当の音楽というものだから聞いてみろ」と言っていたのですが、私も昨日のライヴを観て、その意味がわかったような気がしています。人間誰しも完璧じゃないけれど、ミュージシャンもまた完璧じゃないし、別に侮辱するつもりはないんですが、ミュージシャンはもしかしたら普通の人間以上に完璧じゃないかもしれない…
シャーリー うん、わかるよ。
●その完璧じゃないところを補おうとして作っている音楽という感じがして、だから悲しいけれど、「みんなそうじゃないか」って踊って不完全さも何もかも祝福しちゃおう……っていうのが、あのライブだったような気がするんです。
一同 ありがとう、うれしいよ。

目の前を見ろ!何が見える?エスカレーターギャルとDJホンダのTシャツを着たマッチョマンがキスしてる、オーノー!。
今日はマーキュリーレブの初来日だよ、大阪は雨だよ、ここはクアトロだよ、会場はいつもより平均年令ちょい高めかな、そんな会場ではハイラマズが客入れに流れてる、ぼくは今日はおちついてじっくり楽しみたいのでテープルに座っている。7時という健康的な時間帯にライブスタート!メンバー登場!ジョナサン、
会場についてから知ったんやけど、いつの間にか前座が決まっていた。それが、ブライアン・ジョーンズタウン・マサカー。さて、このUK新人、総勢6人もいてはります。モミアゲもっさりの二人はいきなりウケとります。
とはいえアルバム通りにスタート。ある程度予測してたとおり、バンドサウンドでせめてくる。曲の中頃から徐々にせりあがってくるギター、無数のエフエクターを自在に操り、ときにクラプトンぱりのフレージングやサーストンばりのカッティングをみせるグラス・ホッパーさん。かっこいい!コステロみたいな格好してバッタもんのコステロというギャグなのか?存在感はライダーズの良明に近いものがある。ジョナサン・ドナヒューも歌うときは控えめにギターを弾くものの、いざインプロゼーションに突入となれぱさすが元バットホールのプロモーター、
僕は凄くこの記事の事で興奮しているよ.僕らは凄く凄く日本の事が好きで,実際日本のPRART/Philter recordsとライセンス契約をしたとこなんだ.僕ら日本でツアーもしたいと思っている.それができれば僕ら最高だよ.
■キンダーコアの設立はいつ?どうしてはじめたの?
1996年に始めたよ.ライアンと僕はアセンズにいて大きな「シーン」が育ってきている事に気がついたんだ.アセンズには凄いバンドがいっぱいいたんだ.僕らはそれを記録しておくために"Treble Revolition vol.1"をリリースしたっていうのがはじまり.
■「キンダーコア」って名前はどうして付けたの?
「子供ハードコア」って付けると楽しいかもとおもって僕がつけたんだ

来おった、来おった!世紀のアホか?はたまた天才か?と物議を一人で静し出していたファーストアルバムの頃とは打って変わっての人気者になって。若い女の子がめっちや多い会場、お兄さんの目はまるでスケベ!変態!サル!泥棒!
こんな事書いてるからもてへんのかなあ。まあ、ええわ。ようない!そやけど、グラハム・スミス君モテモテやわ。ええなあ。サードの内容からすれば当然か、アホっぽいとこほとんどなかったもんなあ、でも、それを上回る、屈指のメロデイライン、ギターカッテイングのかっこよさはやつぱ凄すぎるもんがありよる。特にギターカッティングには、さいっしょからヤラれてたもんな。今日それが生で見られる、ホント、見られるとは思いもせえへんかったから、めっちゃうれしい。登場の仕方がまたニクイ。
3rdの曲、TENDENCYRIGGHT FOOT FOR WARDのイントロをサポートにやらせて、ここっ!って時にジャジャジャジャーンと登場!アホかこいつは!でも、かっこええぞ!どっちやねん!謎のダブルベースを従え、気合いの入った、骨太なサウンド!も、もしや?続けざまにGLANDER’S BIENNIAL!エレアコ抱えたグラハムあのギターカッティングを見せる!ジャージャッジャッジャガジャカジャガジャカ!!うおおおおおおおお!!燃えるるるうう!もうしらん!
アンコールも2回も答えてくれて、しかもバンドでやる持ち歌が切れたのか、2回目は一度やった曲をやったんやけど、もう大変、客は後ろから突進してくるわ、これでほんまに終わりやでええ!とめっちやテンション高いメンバーの面々。ステージからものを投げるギタ一君もよかったなあ、もう、最高!!(トシ)

5/31 モデストマウス in ペパーランド
会場で、CDを売ってる人がいて、その人と話してたら、腕に偽ロレックス(クッキーシーンVOL.6参照)が!
一回家に帰って夕食を食べてから戻ると、ニッシーさんも推薦していた「N-16」という京都のバンドが演奏してた、しっかりした男性ドラムをバックに女の子二人が一生懸命演奏&歌う、なぜか愛を感じる、ちょっと、いや、かなり骨抜きにされながら見る、
まあいいとして、「モデストマウス」はヤングアメリカン3人組、最初は神経質なギターとやたらデカイ声がなじめず、ああ「N-16」可愛い〜、とか思って、最前列にいる
ともしてたらしだいにエモ〜んな曲と、ジョンスペなみの馬鹿大爆発なロケンローが交互にやって来て、なんか面白くて笑ってしまって、楽しくなってきた、ベースとドラムだけになって、ボーカルの人がギター置いて、マイク片手にフロアに降りて歌いはじめたり、ギターにマイク仕込んでるのか知らないけど、ギターに顔くっつけて叫ぶと、アンプから声が聞こえてきたり(これはエフェクターを全開にするとギターが声を拾っちゃうんだって。)、感極まって大暴れしたり、泣きそうになったり、マイクの位置がズレると、すかさずニッシーがあらわれ直していく(歌舞伎の黒子の様だ)、会場にいたアメリカ人の客にMC説明させるし、いやあ、凄い。
アンコールでは、またアメリカ人の客に説明させ
「エモ〜なソングと、うるさいソングと、どっちがイイデスカ?」
すると
「うるさいの!」
しばらくして
「ノー、クワイエットソング」
とぽそりと言う人もいて、でも、
耳がキンキンする。2時間に及ぶ若さ爆発のライブでした、あのパワーを人類の平和の為に役立てれば世の中よくなるかも?なんて思わせる分裂ポップでした。
ライブ終わってニッシーさんに名刺を渡すと「すべての謎がとけましたよ」などと名探偵コナンみたいな事を言われた。その後イヤ〜な事もあったけど、モデストマウスの馬鹿パワーとニッシーさんの人柄と、N-16の可愛さがあったので、しばらくニコニコして、楽しい日々が送れました、あ〜あ、俺って本当に馬鹿。(しおみ)
おなじみキエンの福島さんが、いろんなINDIE POPのレーベルやバンドにインタビューするコーナーです、今回はカナダのレーベル、 Lil' Red Wagon Recordingsにインタビューしました、彼らのHPみて興味もたれたらぜひ購入を!
195 Denis toun St. #203, Welland, Ontario L3C 6P1, CANADA
abbott@itcanada.com
「コインロッカーのネジ」文庫本2〜3巻 こなみ詔子・著
それから数日、僕は現実感の無い日を送った
起きているのか
寝ているのか
夢なのか
現実なのか
だが、庭の椿の花が、全部雪の上に落ちているを見て、初めて泣いた。
…愛していたんだ。
それは事実で、避けては通れない感情だった
僕たちは、この気持ちをずっと抱いたままでいて、いいんですね
それくらいは許してくれるんじゃないかと思うんです。(本文より)
けなげで馬鹿なぼくらの気持ち、はかなくて、でも決死の気持ちは必ず何か別のかたちとなって残る、それは残るんだよ。今回2巻3巻と続けて文庫本化されて、読んでみて、そんな希望(希望ともいえない程の矮小なものだが…)を持った。(しおみ)
welcming morning/チャッピー
「今月の「リラックス」グルビが特集だから、しおみくん買った方がいいよ。」
と電話の向こうからの声。
こいをするぼくの
「くうそう」
がせかいをせいふくしてなにもなくなっても
ぼくは
「このよのおわり」
をこえてきみにあいにゆく
おいかけるぼくの
「おもいで」
があるひ
「とき」
をおいこし
「あのよ」
にとどいたら
ぼくはこの
「ちから」
でつくった
「たから」
を
「ひかり」
にてらし
「えいえん」
をてにいれる
「かなしいときぼくはとべる」
「はかないいのちてんにゆれる」
映画「サムライ・フィクション」の中で
そんな気持ちを強く、強くぼくに信じさせてくれる魔法の歌。
「リラックス」は休刊し、
(しおみ)
その時、僕は遊廓にいた。 凛とした女の子の眼。吸い込まれるようにして暖簾をくぐった。事が終わった。刹那さと援い後梅を枕元に残したまま、下着を履く。日常的な会話以上でも以下でもない時間一杯までの数分のやりとりは苦痛である。このまま一刻も速くこの場を立ち去りたい気持ちで面倒くさそうに話をする。それにしても、君は綺麗だ。夜の闇を切り裂く眼。それはとても眩しい。君みたいなコは、お日様の下でハミングすれば良いではないか。しかし人それぞれ事情がある。面倒くさい会話が続く。彼女も煙草を吸い、事務的に話をする。何がきっかけだったのか忘れた。数分間のやりとりで、ふと映画の話になつた。曰く
「ワタシ、映画が好きで、特に昔の日本の映画が最高」
曰く
「野獣派って呼ばれてたころの加賀まりことか。あとタイポグラフィーにも凝っていて、お客さんに昔段なにしてんのって聴かれたら、習字ってゆうねん。そしたら変な額されるねん」
吸い込まれそうな眼は、遠くを見掲えている。こんなコもいるのだ。僕も知っていることを総動員し、彼女にまくしたてる。邦画ならATGとかが凄いよねだのと。
彼女と僕のチユーニングが合ってきた。終わったあとで(笑)。
遊郭でオタク談義、変に打ち解けた。
「いいから、いいから。あと10分くら大丈夫。」
などと嬉しいことを言ってくれる。
マニアな会話は娼婦と客の関係に、少しの風穴を開けた。まるで、世界の片隅で知り合ったおなじ母国語を話す二人のように。それが奇妙な安堵感を称え、彼女は屈託のない顔で笑いだす。笑うと本当フツーのコだ。ズボンを途中まで履いた僕もつられて笑う。
廃屋、畳、煎餅蒲団にレトロな置物。目が部屋中を泳いだ。僕はある映画を思い出していた。そして彼女に告げた。
「女囚さそりっていう映画知ってる?」
「見たことない」
何故か急に恥ずかしくなる。僕の過去が噴水のように一気に吹き出した。面はゆい顔で言ったです。
「いや、別に観んでもええよ。・・・」
女囚さそりシリーズ。70年代そこそこヒットした映画である。詳しい事は知らない。ただこのシリーズが90年初頭にひとりの大学生を魅了したことは間違いない。梶芽衣子主演である。不幸な生い立ちの彼女がシャバでひどい目に会い罪を犯す。殆どが悪い男に騙されるのである。で、ム所に入れられ選りすぐりの悪い女囚達に苛められる。時にレズシーン。時にバイオレンス。拷問。B級エクスプロイテーション映画である。
(そういえば同時期撮られた和田アキコ主漬「オンナ番長野良猫ロック」はラス・メイヤー作品に通じるらしい。梶も出ている。だれか持ってる人は貸してください。)
何故かウェットで妙な思念を絡ませてある内容は、痛快でもなくどちらかといえば暗い。何かすっきりとしない。どこだか知らない日本とは思えない砂地で、キリストよろしく受刑者のいでたちで彼女は耐える。耐えて耐えて、で最後に復讐というパターンである。今思い返すと何故この映画に夢中になったのがよく解からない。
そうだ。映画よりも、僕は「梶芽衣子」にハマっていたのである。大学時代、昭和の面影を残すボロい3畳半二間の学生寮で暮らしていた。時々このフリーペ一バーの塩見君の所へ赴き、女囚さそりの事を話した。その当時、岡本夏生か誰かを主演にした「女囚さそり」がVシネマでリプロダクションされていて、僕は激怒していた。「あんなの芽衣子にくらべればクソだ」と本気で憤慨。多分暇だったんだろう。友人にも「さそり」を勧めた。主演が多岐川裕美になる4作品めまで徹夜で一気に観た。友達は眠そうだった。ほかの梶芽衣子主演の映画にもあたりまくった。(僕は梶芽衣子を検索するマシーンと化した。)優しい友達が四天王寺の朝市で偶然見つけた「さそり」のポスターを買ってきてくれた。部屋に貼った。嬉しかった。「ぴあ」の邦画を一冊にまとめた本のちいさなモノクロ写真を切り抜いた。梶芽衣子Tシャツも作った。(少し着る勇気が必要だった。)阿部野のビッグ・ピンクで梶芽衣子の中古レコード「やどかり」を見つけたときは、奇跡だと思った。勿論「さそり」の主題歌「板み節」も入つてる。「女の呪文」は入ってなかった。当時大人気だつた日本のシユールレアリスト(!)吉田戦車のマンガのキャラクターが意味もなく「梶芽衣子」と書かれた服を着ていたコマを僕は見逃すはずがなかった。「吉田〜解ってるやんけ!」と苗字を呼び捨てにし、ほくそ笑んだ。寝ても覚めても梶芽衣子だった。喩えるならタランティーノにおけるパム・グリアーであり、高村光太郎における智恵子であった。芽衣子はディーバであった。
当時、僕は「女の人」というのが今より、よっぽど分かっていなかったと思う。多分一生本当のことは分からないのかも知れない。だが、奥手な僕は「女の人」を全く知らず、過剰に反応していた。昔から僕は(中島らももそうだったらしい。)、女の人は純粋でか弱く、聖なる存在であると頑なに信じていた。で、一方ではエロ本で股を開く乱れまくった「オンナ」というものを意識せざるをえなかった。「聖」と「俗」が世界の隅から隅へと分離していた。「おんなのひと」自体が矛盾そのものであった。だもんで「おんなのひと」がよく分からず、学生寮に女の子が来ても、過剰に反応し何も話せなかった。大学生にもなって情けなかった。僕は「中学生日記」だった。そんな時はある偶像を神聖化する。それが梶芽衣子であった。日中の彼女は黒装束で、□ングヘアーを正確にセンター分けし、前髪で少し隠れた眼が魅力的であった。でも所講「女」という感じでもなく、格好良いのだ。「さそり」の彼女はたった独りで立ち向かっていた。強かった。弱気な僕にとって彼女は「男」の役割すら演じていた。ゴシックでトラウマで、アングラな劇中の孤独なヒロインに心酢し、屈折した僕は参ってしまったのである。
それから、何年か後、テレピを点けたら「梶芽衣子のビューティー・トーク」という番粗がUチャンネルで放送されていた。とうのたった彼女は70年代から、90年代の地球へとゆるやかに軟着陸していた。「いやあ、このパウダー、ほんと嘘みたい!若返るのよね!」などとやっている。ほろ若かった。その時は大学を卒業し、就職もし、仕事上いろんな女性とも知り合いになり、「女の人」はトイレにも行くし、変わり者もいる。これはどうやら僕(男)とあんまり変わらんなあということが分かり、昔通に話せるようになるのだった。やがて、恋をしフられた。フったこともあった。みんな寂しいのに変わりはなかった。聖なる存在「女の人」は現実に舞い降りていた。そしていつしかあんなに夢中になっていた「梶芽衣子」のことはすっかりと忘れていた。遊郭のコが言った。
「トモダチになれそう。あっ・・・・そろそろ、時間やね。有り難う。また来てね。」
営業トークだとは百も承知だ。でも、もっと話をしていたかった。
「あの・・・今夜呑み行かへん?あの、やらしい意味とちゃうから。」
「・・・・・・・遠慮しとく。」
あっさりと断られた。それにしても君の眼は綺麗だ。芽衣子に負けないくらい・・。
(アキラホワイト)