「フェミニズムについて」
「最初の会社のこと」
「嫌いなものについて」
「闇焼きとは?」
「戦争とバブル」
「嗜好と悪口」
「馬鹿社長」
「名探偵コナンと性倒錯」
「続・フェミニズムについて」
「夢」
「続・フェミニズムについてを補完するエピソード」
「ジュースという映画を見た夜」
「政治とリヴァイアス」
「17歳」
「京都と岡山」
「立派から遠く離れて」
「香織についての短い話」
「角川映画」
「そしてサイスは農業を」
「盲信、思考停止のいい人たち」
「メルマガをやろう!」
「池田と土田」
「赤い玉」
「お祭り」
「桃尻娘」
「午前3時のボク」
「わたしは野球が嫌いだ」
「結婚した女の子」
「エサからの脱出!」
「サンバ・ステップス・黒いオルフェ・バイクライドを考える」
「ホラープログレ論」
「カップル」
「雑誌」
「怒られる」
僕が女の子であっても、たぶん同じ様な人生だったと思う、すっぴんで、へーんなメガネかけて、ジョルノとか乗って、こじゃれた服を何枚か持ってて、マック使いをしていて、いろんな会社渡り歩いて、女社会になじめなくて、でも恋人を作る勇気なんてなくて、結婚しないまま、空しく年をとっておばはん化していくだろう、今と同じじゃないか、こうなったら、男だ女だのって関係なくなるなあ、おばはんになった僕が、きゃわいい男の子を見てキャーキャーいってる、それって、まるで
00/4/25
「よくがんばった」
とか言って部長が泣くんである、あほか!そんな事をして新入社員を思考停止にて使いやすい人材にしていくらしいのだが、そんな事をやっていいものか、フルメタルジャケットじゃあるまいし。
結局、その会社で印刷機を回す事になってなかばノイローゼ気味に、嘘の笑顔で毎日やってた、最初の上司が、かなりな人で、体臭キツイし、大声だすし、会社の為に忠誠使うし、上昇思考ミエミエで馬鹿だし、仕事も一人で慌てて空回りしてる感じで、とにかくコミニュケーション出来ないというか、嫌いなタイプである、すぐ怒るし、ピリピリしてるし、会話はわざとらしいし、最悪だ。こちらが論理的に武装すると
「難しい言葉をごちゃごちゃ言うな」
「おまえはオームか!」
などと、とんでもない返答が帰って来るありさま、育ちの悪い奴に現場を仕切らせるな!何度こいつのために泣いた事か、ある夜、残業中に切れた僕は
「なんですかあ」(金八)
と声を上げた瞬間、スパナを放り投げて、僕の腹に蹴りを入れた、それから、いわゆる
ボコボコにされた
次長が仲裁に入りなんとか助かった、この会社は辞めにくい空気を作っていて辞めようと思ったけど、ここで駄目だったらどこ行っても駄目だと思って在籍し続けた。
結局、印刷機を動かすのは無理なので、アルバイトと同じ仕事、印刷物をひたすら積み上げ倉庫へ持っていく仕事をしていた、大学卒というプライドが激しく傷ついたが、こちらの方が楽でよかった、何も考えなくていいからだ。
印刷機を回す人は、責任が重く、クレームが出たら書類をかかねばならないし、紙が足りなくなっても反省文を書かされる、機械が壊れても直るまでは帰れない、金曜日の夜来て、土曜日の昼まで26時間くらい仕事した事もある、完全2交代で、12時間労働、夜勤の昼は眠れないので酒を飲んで強引に寝るしかない、精神的には荒れ果てアル中手前だった、工場は田舎の山奥にあるので仕事が終わっても遊びにいけない、友達と遊ぶ事すらなかった、恋人など作る時間もなかった、人生がなにかに支配されている、監獄の様なものだ、ここは。
そこにいた人達というのは、たいていが元ヤンキーで、二十歳くらいで結婚して子供がいて、趣味はパチンコのみ、夢はお金をためてディズニーランドへ家族で行く事、といった感じで、もう人生がそこでもう変わらない人ばかりであった、こんな人にだけはなりたくない、と本気で思った。
次長というのがまたクセ者で、事ある度に反発していた、ある日
「そんな事を言ってただですむと思っているのか」
と言われて、辞表を持って会社へ行った、だが、辞表は提出しなくてすんだ、なんと次長さん、事務員のおばちゃんと、みんなが仕事をしている時に、食堂で性行為を楽しんでいたのが暴露されたのだ、二人でピンハネもしていたというから恐ろしい、当然二人は懲戒免職、なんで暴露されたのかというと、おかしいと思っていたパートのおばちゃんが、事務のおばちゃんを飲みに誘い、酔わせてしゃべりだしたとこをテープに録音して、人事課に送り付けたというから恐ろしい、腐った環境の社会構築下では、汚い事が次々起こるという事だ。
この会社では社長の身内が上部を固めて、会社に忠誠するものが出世していくという、江戸時代のお城そのもの、完全な封建社会だった、戦略より、量で押すという脳味噌足りないやり方でバブル時には一年でボーナス3回で各30万以上、給料も残業が多いので普通社員でも23〜4万くらいあったという、そんなやり方でいつまでも続く訳がない、根本的に人間性を無視したそんなやり方をしていたら、いつかボロが出るだろう、思った通り、その後この会社では四千万のミスで県下最大の得意先から仕事を切られた、その後没落を辿り、社員を鬼みたいにリストラさせて、今もなんとかやっているという、悪魔のような組織だ、そんなとこには行ってはいけない、あの会社では、僕は常に怒っていた。
年に一回、慰労会があり、でかいホテルを貸りきって全社員で騒ぐという馬鹿な会で、強制的に出席され、くだらないビンゴだのなんだのやって、バブル時みたくお祭りさわぎするのだが、僕は人間はここまで堕落できるのかと呆れていた、女子社員も強制的に上司を酌をしてまわり、酔っ払った中年社員が女子社員に触り始める、「ソドムの市」という映画があったが、あれを想起してもらうと状況が分かるだろう、親友の土田がやって来て僕にこう言った
ところで、僕はこの会社では、恋をしていた、はっきり言って可愛くもなんともない女子社員だった、休憩時間に僕のそばに寄って来て
「しおみさんって髪きれいですね」
といって触られたりした、今もその時を思い出すと胸が痛くなる、その娘はある日突然僕のそばに寄ってこなくなった、彼氏が出来たのだ、その話を同僚から聞いた時、顔では流していたが、心臓の裏がゴリリっと鈍い音を立てて鳴った、愛してしまっていたのだ、僕が、そんな悪魔みたいな会社にいつづけたのは、実はその娘を遠くから見るためだった、せつなかった、仕事中に急に涙が出てくる事もあった、夕焼けが物凄く奇麗で、その夕焼けをぼーっと眺める彼女を遠くから僕は見ていた、あの瞬間を死ぬまで忘れないだろう。
冬のある日、忘年会で、その彼女が新入社員といい雰囲気になってホテルに行った
「あれ、あの二人いないよ、ホテル行ったんじゃないのかあ」
と周りで会話が聞こえた、僕は感情を抑えられなくなって壁を蹴った
「今日のしおみくん怖いよ」
と同僚が顔色を変えていた。
泥酔してスクーターに乗って帰った、途中ヤクザ風の人の車のミラーにぶつかって
「待てやコラ」
どなられ殴られた、車が去ってから僕は地面に寝っ転がって星空を見ていた、自分が馬鹿みたいだった、馬鹿みてえ、とか言いながら家に帰った、こたつにもぐって「トーマの心臓」を読んで、号泣した。
とても愛する人がいて、でも、どう愛していいのかわからない自分を、その漫画の主人公と重ねていた、そこには確かに僕がいた。
結局その恋愛感情をなくすべく、僕は卑怯な手を使った、別の女子社員に言いよってみた、その娘も美人ではないが、明るくて可愛い人だった
「クリスマス暇なんだけどなー」
とまで言われた、クリスマスは夜勤だったので何もなかった、その娘はイブに年下の男の子に告白されたそうだ、べつだん痛みはなかった、僕は卑怯者なんだなあと、自分を責めたてた。
新年開けて、とうとう僕がこの会社にいるレーゾンデートルはなーにもなくなってしまったので、辞める事にした、次長に辞表を提出し、なにもなかもスムーズに退職した、会社のコピー機を使用してフリーペーパーを印刷したり、それがバレて殴られたり、例の馬鹿上司におっかけまわされて、次長に助けてもらったり(その時の次長はいい人だった)、馬鹿課長に夜中に無言電話したり、いろいろあった、大好きな彼女が僕の髪を触った時は僕より身長が低かったのに、辞める頃には僕より大きくなって、胸も大きくなって、本当に美人になってしまっていた、かなり切ないです。
結局、僕はあの会社では何もできなかったんだなあ。
工場長は人格者で、いつもニコニコして、敬礼をしていた、辞める時に、最後に敬礼された時のすがすがしさがなぜか忘れられない、不思議だな。
00/4/25
ミミズ、クラゲなどはもう駄目、小さい虫が大量にうようよしてるのも駄目、うぎゃー!って叫んで逃げたくなる、怖いんだ、で、一番苦手なのはムカデ、これはトラウマにすらなってます。
中学生の時、ズボンを履いて行って来ますと言おうとした寸前、ズボンの裏っかわから、なにやらゴニョゴニョした感触が膝に伝わってくる、靴を履こうとした瞬間、ズボンの裾から、でっかいムカデが出てきて、逆にズボンを伝ってこちらにやって来る!
それから、カサカサカサって微音がすると、過剰に反応する性質になった、ムカデキンチョールを買って、ムカデが出そうな穴という穴にせんをして、臨戦体制で挑んだ、毎日が闘いだった。
友達が僕の部屋に来て、なんで天井にティッシュつめてるの?って笑いながら言った、僕にはそれを説明できなかった。
田舎のボロ家ってやだよ、風呂の下水をミミズが逆行して出現して、知らずに踏みつぶしたあの瞬間の感触、もはや拷問に近い、絶叫しました
なんで単細胞生物が駄目なのか、それは、生物として人間が進化を目指してるからかも知れない、退化は、生物として、闇へと帰る道だ、人間の心にも闇はある、誰にもある、そこへ戻る怖さ、それがぼくにとっての恐怖なのかも知れない、楳図かずおの「漂流教室」なんてもう、気持ち悪くて読めないんだけど、あの未来の生き物の気持ち悪さ、あの生理的な気持ち悪さは、人間の精神の闇へとどこがでつながっているからかもしれない。諸星大二郎の有機的な線とか、溶けて母体にとりこまれる恐怖、それは生きていたと願う精神の逆、闇からの手なのだ、そこへ引き込まれたらもう二度と戻ってこれない恐怖、僕は、それと闘ってるのも知れないな。 00/4/27
大学時代に、友人とたった一回だけ行われたゲームなのだが、ようするに、「お好み焼き」と「闇鍋」をあわせたもので、お好み焼きの材料と共に、一つだけ、お好み焼きには絶対に入れない具をセレクトして買って来る、そして、それを混ぜて試食して感想を聞くというだけのものです。
大学時代にSくんの借家で、その会は行われた、Sくんと、Aくんは、ベビースターだとか、結構無難なものを入れてそれなりに盛り上がったと記憶している、だが、ワタシは「チョコボール」をセレクトしてしまった、これが…
お好み焼きミーツ、チョミボールの破壊力を想像していただけるだろうか?
これほど恐ろしい形而上学破壊があるのかって程だ、それは、味覚を超えて、人間関係までに及ぶ
「ちょっとやりすぎやでー、足臭いしー」
とかいわれて、ワタシ、ヘコヘコしてしまった、それ以来「闇焼き」は行われていない、封印されたのだ、ああ、恐ろしい!
ちなみに、その時、Aくんはストーンローゼスのレモン輪切りTシャツ、Sくんを写した写真には、S君の後ろ頭に犬の霊が写っていた、その時点ですでに何かが崩れていたのか?
その夜、僕は
「あっ、「不思議の海のナディア」見るから帰るわ」
って帰った、が道に迷って、「ナディア」は見逃してしまった、恐るべき「闇焼き」パワー、ぜひお試しあれ!
00/4/28
僕は大学時代をバブル経済の中で過ごした、完全モラトリアム学生だった、人との接点がとれない上に、バブルで浮かれる世界自体を憎んでいた、こんなのは絶対に間違っている、けど間違っているのは僕の方かも、などと悶々と思って過ごした、バブル経済というのは、日本の経済的な太平洋戦争だと思っている、世界中に企業が進出し、次々と工場を立て、金の力でもってすべてを支配しようとしていた、「エコノミックアニマル」とはよく言ったものだ。僕は、お金をもったこの国の人達がどう変貌したかよく知っている、それは、戦争時の国民の変貌と良く似ている。
毎晩、当然の様に飲み歩き、「イッキ!イッキ!」などと騒ぎ、吐き、風俗に通いつめ、ブランド品を買いあさり、ジュリアナ東京で扇子もって踊り、テレビでも、毎日がお正月の様な、芸能人の馬鹿騒ぎを垂れ流し、イカ天などという、文化とはかけ離れたムーブメントが発生、日本は世界一の経済大国だと誰もが思った、だが、それは一瞬の幻想でしかなかった。
結局、日本って国は衰退し、借金国家となってしまった、当然だ、日本なんてそれくらいの国でいい、経済大国も戦争も二度とごめんだ、我々は、我々の器の大きさを再認識し、ささやかに生きるべきだ。
僕は、バブル時にかなり怒りを持っている、あの時の企業のやり方、空気、すべてに対して、怒りを持っている、なんとなく世間がそうなっちゃったのよねーではすまないんだ、誰かが止めなきゃいけない、もし今、この国が気持ち悪い空気になりはじめたら、僕は怒るだろう、もし、太平洋戦争の様な事態にもう一度なったら、僕は、日本を見捨てるかもしれない。
死ぬのは嫌だ、戦争反対! by スネークマンショー
00/4/28
ぼくが文句をついつい言いたくなるのは、彼らの作品が過大評価されている点である、べつにサニーディサービスに限った事ではない、コーネリアスなんてそうだし、分かりやすい例を言うと、プライマルスクリームの新作などは別に聴いてもなんとも思わなかったのだが、雑誌が「プライマルがロックを救った」だの「ボビーは救世主!」だの言って、コアなファンが内輪で盛り上がってるのが嫌で、ついつい文句が言いたくなる、でも別に僕はプライマルが嫌いな訳ではない、そういった気持ち悪い空気が、僕に毒を吐かせる。困ったものだ。
つまりは、文化が生み落とされている段階で、よけいな派閥が出来て、その作品本来の原形が見えなくなるのが嫌なのだ、それを取り払うためのツッコミだと考えていただけると幸いだ、僕も昔、大好きなBMXバンディッツがRO誌で、あからさまに攻撃されてて、滅茶苦茶怒った事がある、攻撃はいけない、僕がやっているのは嗜好から離れた、ツッコミでしかない、そういった作品に群がるコアにファンに対しての「おちょくり」段階のものだ、それを分かってもらえなかった時は凄く悲しい。
WEB上での情報公開には、そういった書き手の裏側が全く見えなくなり、より直接的になるので気をつけないといけません。僕が言いたい事分かってくれたかなあ、サニーディのコアなファンのみなさん。 00/4/29
馬鹿社長がなぜ馬鹿かというと、自分が社長でありたいのがミエミエなのだ、全ての仕事を自分で把握してないと気がすまない、どんな場面でも自分が一番でないと気がすまない、顧客に対しては、卑しい程の低姿勢、接待と称して毎晩得意先の飲み歩き、11時頃に事務所に戻って来て、得意先と社内ゴルフごっこ、酔ってる、いっぺん抱きつかれた事もあった、気色悪い!で、いつもいばりちらして、セルシオとかゆうヤクザー車に乗って。
「しおみよ、タイタニックみろや、最高やで、芸術やで」
などとニセ関西弁で自慢話、で、上下関係にこだわって、飯食う位置すらきめられて
「おまえは、床で食えや」
などと言われた事もあったな、そうそう、この馬鹿、自分の母親が死んだ時も仕事を取った
「実家から電話があったら、北海道へ出張で連絡出来ません、と言うとけや、ばれんよーにや」
これを馬鹿と言わずとして何と呼ぶ!人間としての最低レベルをクリアできてないのだ。なんたる馬鹿、死んでくれよ。
そんな馬鹿にも家庭はある、会社が移転するので引っ越しがあり、引っ越し代をけケチって社員のみでやらされた、朝から深夜まで、もちろん無償
娘を無理やり社員の前で頭下げさるのだ
「ホラ、挨拶しろや」
と手で娘の頭つかんでペコリ、その後頭パシリである
00/5/1
PAGE TOPこの作者の青木なんたらって人、相当のフェティシストだと思う、性倒錯者だというか、「ちっちゃい」って事に対してだけ異常にこだわっている、主人公のコナンは、高校生だったけど、薬でちいさくされて、小学一年生くらいの体になっている、で、ガールフレンドと子供の姿のまま暮らしている、この設定がすでに大変な事になっている、子供の身長で恋人を見たらどうだろう、恋人に子供扱いされたらどうだろう、その身長差で一緒にお風呂に入ったらどうだろう、子供みたいに(まあ、子供なんだけど)抱きかかえられたらどうだろう、うっわー
この作者の初期の短編にも身長が30センチほどのおじさん探偵が活躍する話がある、おじさん、砂場で幼女におままごとでもてあそばれる場面がかなり倒錯、やばいなあ。
小さくなる薬を開発したために命を狙われ、自分が作った薬で幼児化した灰原というキャラの存在もやばいよ、凄くクールな性格で頭いいのに、体は幼女という、もー性倒錯だな、中国の酒を飲むと大人にある時間だけ戻れるらしく、灰原さん大人になって、また幼女にもどってましたよ、こないだ、それって「メルモちゃん」と同じじゃん。
「不思議のメルモ」手塚治虫が性教育マンガとして発表し、アニメ化された、まあ、このアニメで性倒錯者は狂喜したろう
「エコエコアザラク」の古賀新一もかなりです、「ちいさくなあれ」という短編で、泥棒に襲われそうになって少年がとっさに「ちいさくなあれ」と念じたところ、泥棒がほんとに小さくなってしまうという話、この少年、好意を抱いている女の子を小さくして飼ってたり、あげくの果てに口の中に含んで遊ぶとくすぐったくて気持ちいいなどとやりはじめたら、女の子は口の中で死んじゃってる、という
この様な一種異常な作品が私を刺激するのは、僕自身もそいうったフェティシストであるからだろう、それは母親の乳房にすがる赤ちゃんの様な衝動、ライナスが毛布を離さないのも同じ、なんか、子供の遺伝子が組み込まれたまま大人になってしまった人たちの、愚かな遊び、アダルトチルドレンの中核に位置する何かであると考える、それが何かは分からないけど、僕はそこへ戻りたくない、けど、戻そう、戻そうという、分からない手の様なものが、僕に今週もコナンを見させる、いいかげん、大人になりましょう。 00/5/3
女子社員A「女は、男の三倍働かないと出世出来ないの、だから私は男の3倍働いて出世するの」
女子社員B「男の三倍働かないと出世できないなんて間違っている」
僕はBのタイプの人が好きです、ちなみに僕なら
「人の三倍も働くのも嫌だし、出世なんて興味ない」
と答えるでしょうね、駄目男です。
Aのタイプの人と仕事をした事があります、ほんとに24時間フル稼働といった人で
「あたしがやらなきゃこの会社はつぶれる!」
と本気で言ってました、仕事は楽しいものです、だけどある一定のレベルを越えると、依存状態になる、これはまずいです、彼女は仕事依存症でした。その為他人を思いやる配慮にかけ、いつもトゲトゲしく、自己中心でした。一緒に仕事する身になったら、たまったものではないです
「彼女は麻薬でもやってるんでしょうかねえ」
と得意先の営業の人が嘘ぶるほどです。
そんな彼女にも恋人がいました、なんでも、強引にホテルにつれて行ったとか言ってました。同棲しているが、彼女は仕事で午前様、彼氏の方はヒモ状態で部屋で好きなことをやっていた様です、歪んだ同棲ですね、これは。
「二人でお金出しあってルパンのリミックスを買ったの」
とかノロケてましたが、何言ってやがんだ、ばーか!とでも言いたい気分です。
そんな彼女のせいでその会社では彼女の下についた人は3ヵ月で辞めます、僕が辞めてしばらくして、デザイナーの鈴木さんに聞いたところ
「また訳の分からん新人が入って、すぐ辞めたみたいよ」
と言ってました、彼女は永遠に変わらないのでしょう。
そんな彼女も結婚を考えてた様です、「式の日取りは秋がいい」とか、「30までに子供作らないと女は厳しい」とか言ってました、そういや。でもね、結婚式の前日に彼氏は逃げ出したそうです。
ほらね、と僕は思いました、歪んだ人間は依存はするけど、他者に愛されない、彼女はそれを分かってなかったのですね、これはフェミニズムとは違います。
そもそもフェミニズムという言葉自体も矛盾してます、僕は「正しいフェミニズム」と題して、僕なりの意見を言います。
「管理能力のある人間に男も女も関係ない、でも、管理する者が決して偉い訳ではない。ヒエラルキーを崩壊させ、利己主義に走る者を軽蔑しよう、僕は正しいシステムの中で労働したい、そして生きて生きたい。」
これが、僕の「正しいフェミニズム」です。 00/5/5
「夢」は、本当に「夢」で会いたい人物や、「物」はなかなか出てこないと言われている、その本当の希望をなぞるように、それに近い具象や人物、メタファーが脈絡なく登場する、そうやって無意識が自我を守っているらしい、人間の心には暗闇があり、そこへ落ちると大変な事になるからだ、かくゆう、僕も、夢の中に大好きな彼女は出てこない、本当に会いたいのに、夢で会いたいのに、自我はいじわるだ、でも僕は今日も夢を見る。 00/5/10
「ただいまー」
と、いつもみたく声を出してドアを開ける、ケンくんはたいてい寝てる、わたしの仕事が不規則で午前様になるからだ、でも、ケンくんは浮気しないで私の為に待っていてくれる、ケンくんとは、美術大学のサークル以来の付き合いだ、ケンくんったら弱気で、最初のホテルも私が引っぱって連れて行った、ケンくんってわたしがいないと生きていけないんだ、だから、わたしはケンくんを守らなくてはならない、だってそうしないとケンくんは死んでしまうもの、こうやってもう5年間になる、結婚式ももう迫っている、わたしとケンくんは幸せになるだろう、雑誌に出ているカップルみたいに、結婚式の会場も押さえた、わたし、充実してる、仕事も、生活も、幸せってこんなものだったのね、なんて思う。
電気をつけて、ケンくんって呼んでみる、結婚式までもう少しだ、ナーバスになってる彼にサービスしなくては、とわたしは思っていた、いつものくしゃくしゃのシーツはそこにあるもの、ケンの姿は見当たらなかった、ケンは連絡も無しに出歩く男ではなかった、そんな事はしなかった、いつでもわたしの思い通りに動いてくれる男だった、なのに、ここにはいない、こんな事って、でも、黒い絵の具が私の心の混ざっていった、どう考えてもケンはいなかった、ケンがいない、両親に会わせて、婚約までしたはずなのに、いない、そんな、そんな馬鹿な、そんな馬鹿な事わたしの人生に起るはずがない、わたしの人生は完璧なはずなのに、だが、ケンは婚約が決まってから逃げ出したのだ。
わたしはあわてず携帯に電話した
「この番号は現在…」
との声、わたしは初めてとりみだした
「現在って、わたしとケンは昨日も愛しあったのに」
わけもなく携帯に悪態をついた、けどどうなる訳でも無かった、わたしは見捨てられていると思い知るにはまだまだ時間が必要だったのだ。
ケンと二人で買ったものが部屋にたくさんある、「ルパン3世のリミックス」とか、「デザインプレックス」とか、細かいとこでは、食器だとか、トイレのカバーだとか、そこには生活だとか、愛だとかかがあったとわたしは思う、そうだったよね、ケン。
ケン「つーか、うざいつーか、ゴミつーか、利用しやすかったんだよね、中身も無い女だったし、ブスだったし、最悪だよ。あんな女とよく一緒にいれたもんだと思うよ、まあ楽だったからいいけど、結婚とかまで言われたね、両親に会うなんていわれたらね、逃げるっしょ、普通。まあ、男を見る目が無い女って利用しやすくて最高なんですよね、ああ、ユカちん、今度会うときはお互いうらみっこなしつーことで、よろしく、俺さ、あんたの為にかなり神経削ったんだぜ、今なら言えるけどさ、あんた、そんなにワーカホリックで、生きてて恥ずかしくない?これが僕からの最大の嫌味だぜ、前までなんか言ったらヒステリーで会話なし、そんなんで家庭が築けるとでも思ってたの、お嬢様??今度の事で勉強になったでしょう、アンタ。」
「もっとささやかに生きろ!」
えーと、僕が何を言いたいかというと、本当のフェミニズムってこれを超える事かなーって、結婚 だとか、仕事だとか超えてさ、愛し会うのが本当のラバーズです。 00/5/11
その夜は寒く、僕は風邪をひいていた、くしゃみと鼻水がとまらなかった、それでも僕ははしゃいでいた、僕が友人と飲みに行く事なんて年に2〜3回くらいだし、おばあちゃんの事なんてもう忘れていた、わがままで世間知らずのモラトリアム学生の僕がいた、馬鹿だった、飲み歩く内に高速道路の階段を登り、銭湯を覗いたりした、大阪では、相変わらず車のスピードが必要以上だった、その夜も変わらずそうだった様子で、僕らは最終電車に乗って通天閣の街、新世界へやって来た、日本で最もでたらめな街だ、浮浪者も、女装して演歌を歌うおっさんも、ヤクザも、したたかなおばはんも生命力満載で生きている街だ。
結局通天閣の下の映画館でオールナイトを見て始発を待つ事になった、チケットを買っていると、いかにもなおじさんが
「兄ちゃん、おめこの映画見るんか、ええのお」
とか言ってた、映画館の中は浮浪者や、最終にあぶれた人達がいびきをかいて寝ていた、映画を見ている人など少なかった様だ、僕らは何十年も汚れたままの席にすわり、映画を見た、「ジュース」というヒップホップ系のギャングムービー、そしてヨーロッパのどこかの国が作ったB級犯罪映画、「スパイメーカー」という英国の駄作スパイ映画、3本立てだった。
「ジュース」は本当に面白かったけど、僕は、風邪をひいてた僕は途中で眠ってしまった、ラストの銃の音で目が覚めた、次の映画は濡れ衣の罪で逃亡する主人公と、人質にされた女性との恋の逃避行、あまりに切なくて僕は最後まで見て大泣きしてしまった、最後の「スパイメーカー」は退屈でやっぱり寝てしまった、全部終わって友人が僕に
「ジュースよかったねー」
と言った時、僕は激しく後悔した
「2本目もよかったよ」
と答えた、すると
「3本目はあかんかったなー、主役の顔が嫌や」
とか会話して映画館を出た、朝になっていた、新世界の商店街を歩いていると飯場のおっちゃん達がやはり始発をめざして歩いていた、得意げに口笛を披露するおっちゃん
「めちゃくちゃうまいでー」
とか言う声、商店街は途中から地下に潜る不思議なつくり、僕は動物園前駅から友達にさよならをいって新幹線を目指した、それからの事はあまり覚えていない、どうにか家にたどり着き、ばったりと倒れて眠った事ぐらいか、創価学会に入信している親戚のおばちゃんに激しく怒られた。
その翌日、葬式が始まったのだけど、葬式の途中、物凄い雪が降ってきた、念仏と雪の相乗効果により、みんな泣いていた、おばあちゃんは、もう痴呆が始まった時から死んでいたと当時の僕は思っていた、だから僕は涙すら出なかった、棺桶に釘を打ち、火葬場へ、おばあちゃんの骨は全く残らなかった、僕はその時、医学は惨いなあと思った、怒りを持った。
瀬戸内海の海岸の料亭で葬式の後の宴会が催された、僕はすぐに会場を抜け出し、海岸でぼーっと一人ですごした、「ジュース」ちゃんと見たかったなあ、とか思っていた、僕はまだまだ子供だった。
00/5/13
「政治なんて誰がやっても同じですよ」
と、この様な思いをいだかされてくれたのは、アニメ「無限のリヴァイアス」だ、凄い事だ、例えばキムタクの「ビューティフルライフ」とか見て政治に行きたくなるか?その時点で、すでに思考停止にされている、「知」を感じさせない、キムタクはだいたい育ちが悪い、ただのルックスのいいヤンキーだ、そんなもん見ている暇あったら選挙いけ馬鹿もの、行け、行って、自民と公明以外の党に入れるのだぞ! 00/6/4
そういえば、万引きをしてた、デパートのレコード市で万引きしてたら店員に見つかり、さっと生徒手帳を抜き取られ、事務所につれてかれて
「警察呼ぶよ」
と言われた、一瞬家族の顔が浮かんだ、僕は
「いいですよ、呼んで下さい」
と冷静に答えた、もうおしまいかな、と思った、けど、店員は僕の冷静さに同情したのか、単に脅しだったのか知らないが
「もういいよ、帰って」
と言われて解放された、一緒に来てた友人は物凄く怒っていた、しばらく口をきいて貰えなかった。
そういえば、キレて担任の教師を棒で殴ってやろうと思った事がある、その担任の教師は、県内でも評判の優秀な先生らしい、僕にはただの欠陥人間にしか見えなかったけど、確かに、ホトケの様な顔で、冗談を交えながら授業するやり方はうまいとは思ったが、それがありありと見えて、僕には嫌味に思えたし、いざ怒った時にはもうボロクソに言うギャップも嫌だった、したたかさを隠そうとして隠し切れてないのだ、これほど嫌なものはない、一言で言うと、偽善者タイプ、げーっだ。
で、僕は個人攻撃されまくってた、嫌われていたのだ、2年の最後の日にも一人残されて、ボロクソに怒られた、掃除時間の終わりに教科書買いにいっただけなのに、それも掃除を早めにやって買いに行ったのだが
「おまえは掃除中に何をしとんじゃボケが、はぁーん、何を考えとんじゃあ、ああーん」
と目玉をグリグリさせて怒るのだ、気色悪い、で、ボロ雑巾みたいになってしょんぼりして廊下を歩いていたのだが、ふつふつと戦闘意欲が沸き起こって来る
俺が一体なにした?誰かに迷惑かけたか?納得いかん、あいつは、殴らないと、納得いかんぞ!
ちらりと目に入ったのは、工事用の太い棒、僕は、反射的に、当り前の様に、棒をつかむと、来た廊下を逆に職員室の方へ、ツカツカと歩いていった、気分が高揚し、今なら何でも出来そうな気がした、その後の事など考えもしない、
にこりと微笑んだ
そのとたん、僕の戦闘意欲は消滅した、すみやかに棒を元の場所に戻した。それが17歳の僕だ。
どんないい人でも、心に闇はある、17歳の閉鎖された世界観の中で、闇はじわりじわりと育って行く、ある瞬間に闇は心を支配する、動物になるという事かもしれない、表面的には普通に見えていても、歪んだ家族関係は闇を育てている、まだ自分が何者かもわからない、何をしていいのか分からない、未熟な精神の中では、その闇はあっという間に心を取り込む、そうなったら、もうおしまい、職員室の前で見たおばさんの微笑みが、僕を引き戻した、17歳の少年達を救うには、そんな、嘘のない、ささやかな、微笑みが必要なのではないかしら?僕いいかげんな事言ってます?正論ですか?
00/5/18
京都には京大があり、日本中からインテリっぽい学生が集まってくる、居心地がいいので京都に何年も住んだりしている、若者が多く、元気がいい、京都が古都にならないのはそれだ、三条の橋の下では毎晩、学生が何かしら新しい事をやっている、誰もそれを注意したりしない、人に迷惑がかからない限り、何をやってもよいのだ、そんな空気がうらやましい。
岡山という街に住んでいるが、岡山には地場産業が無く、観光地も少ない、仕事も少なく、人々は生活に追われて、知的探究をするゆとりなどない、だから駄目なんだ、岡山の人はたいてい険しい顔つきで、完全な縦社会を好む、過去には、陰湿な殺人があったり、悪政が続いたりしている、岡山の市民は、もうあきらめているのだ、だから誰もがギャンブルしか趣味がなく、ラーメン屋に入っても、まずスポーツ新聞をとる様になる、駄目だ、それでは駄目だ。
僕は京都に行って思ったのは、岡山も京都みたいにしたいという事、そのためにはどうすればよいか?という事だ、そして考えた結果、店だ、いい店がない、岡山には店が少ない、自由に集まって話し合いが出来る場所、そこに行けばとりあえず何かしら新しいものと出会える場所、そんなゆるいコミュニティが必要なのだ、京都にはカフェであり、ライブも出来て、ギャラリーにも使える自由な空間がいくらでもある、岡山にはそれがない、無いなら作るまでだ、そうしないと何も始まらない、諦めていては駄目だ。
ここからは余談になるが、ペパーランドというライブハウスが岡大の近くにあり、そこは面白い事をやっていて、学生も多くていい店なんだけど、10人程いるアルバイトが完全な「村」を作って内輪で馬鹿騒ぎをしている、せっかくいい場所なのに入れない、すぐ近くに見たい物があるのに、でっかい人が前にいてどいてくれないので見えない、そんな状況だ、岡山とはそんな風土を持つ駄目な街なのだ。
00/5/23
字というものは凄いと思う時がある
青が争う→「静」
革が化ける→「靴」
といった具合
土地をあつかう→「不動産」
ってのも凄い、文化→文字に化ける、これはなんの事かよく分からない、多分、「文字にして他人に伝えたくなる物事」といった事なのか?
文化は英語ではカルチャー、カルチャーはカルトから来ている、カルトを辞書でひくと、載っていない、こんな辞書は駄目だ、辞書を買い替えなさい。
「カルト的な人」という意味が「カルチャー」で、それが「文化」なのだそうだ、立派から遠く離れてしまったけど、面白かった。
00/6/4
僕と香織が車にありったけの思いととまどいと均衡を乗せて世界の果ての様な山を越える計画は、一方的な香織からの提案であったが、一方的なところが香織の魅力であり、僕はといえば他に相手がいる訳もなく、なしくずしの計画へ賛同する事となったのだ、車の調子はすこぶる良く、だいたい60キロで景色が流れていく、なにもかもを過去にしてしまいそうな、だけどそれがけっして怖くないくらいのバランスを保ったスピードだ。
香織は梅の様だった、何も知らないがゆえに香織は美しかった、僕は気持ちをもてあそばれていて、それを楽しんでいるふしもあった、かせきさいだぁやら、ソウルセットやら、真心やら、数々の歌が僕らに共通の話題を提供してくれた、僕らは走りながら過去になっていく、トンネルの度に香織はライトをつける役をうけおった、香織はライトガールだ、というと、彼女は怒った、軽く怒ってみせた、試されている様な気分だった。
香織は決してGパンをはかなかった、ゆえに彼女はいつだってワンピースだった、毎回毎回ワンピースを変えて登場して、西日本中のワンピースをコレクションしているかのごとくだ、その日も変わった服を着ていた、その服どうなってるの?彼女の友達はそう言うだろう。
話題が服から職場の話に変わった、業をしょいこんだ様な言葉で、文句をしゃべる香織は、実さいのとこ、まだまだ子供である、と思っている僕も子供なのであったのだが、青く、苦い二人がそれに気付くのはまだまだ後の話になり、その話は多分しない。
香織の口紅のついた缶コーヒーを飲んだ時、口紅の残酷さを思った、車は高速を降りて、ぼくらはなんだか緊張から解放された様で、お腹がすいている事を、その時思い出した、香織はいつも旅先の料理にこだわった、ここの名産は何料理かを僕に問うが、答えられる訳がない、香織は車を強引に止めさせて、道行く人に聞いてまわった、そこまでしなくてもといつも僕に思わせる、彼女にはいつもかなわない。
そういえば、いつか、一緒に映画を見ていて、香織が笑いだし、笑いがとまらなくてしかたなく映画館を出てしまった事もある、その時も、ぼくはかなわないと思った。その映画のタイトルは、恥ずかしいので書かない。
車を止めて海岸を歩いた、遠いような近いような二人は、海岸で解放されたかの様に遊んでいた、じゃれていた、ここ数カ月のふんまんやるかたなさを爆発させ、海岸に流れ着いたものを片っぱしから投げ、海からの風にのって走り、果てる事がない様にふざけ続けた、遠く向こうから白い服の女性が歩いて来た、その日僕が見た海岸にいる人間は、その女性一人だった、女性はあきれるほど遊んでいるぼくらを見ても、表情を変えなかった、寒い冬の夕方だった、山にはまだ雪が残っているたのをはっきりと覚えている。
車を海岸に乗り入れようと彼女は提案した、すんでのところで僕が却下した、おかげで車は今も調子よく走っている。
狂騒めいた一日が終わり、僕らは橋の下に車を止めた、彼女は遊び疲れて寝ていた、僕はキスをしようとした、それから後の事は書かない。
香織と会わなくなって何年にもなる、街で見かけるが、彼女は気付かないふりをしてくれる、僕もそう心掛ける、これでいいのかと思う時が幾度もある。
香織の最後の電話は、香織がパリへ行く前夜の深夜にかかった、僕はその電話に出なかった、たったそれだけのすれ違いで、全てが破壊された。
ただあの日、この世の全てをつめこんだ様な狂騒の一日を、どうしてもはっきりと覚え過ぎている様だ、一生に一回だけ使える魔法を使ってしまった日なのかもしれない。
そういう女性をあなたは愛せますか?
愛せますとも。
00/6/6
「どーしたんですか?」
「今、地球を救っているんだ!」
と叫ぶような奇人なので、まあちょっとおかしい金持ちが道楽で好き勝手に映画作ってみたら大当たりしてしまった、という事なんだろう、自分の好きな小説を作家に乱作させて、それを映画にする訳だから、個人主義もここまできたら凄いと思う、んな経過で角川はそれまでにない変わった大作を乱作するはめになった、角川はだいたい2本立てでお金のない中学生には大変ありがたかったし、メインで金かけたのを上映し、サブで「湯殿山麓呪い村」とか危険なやつを上映してた、「里見八犬伝」なんて2回見たなあ、一緒に見にいつた友達は怒って帰ってしまった、もう、1シーンたりとも見のがさない様に真剣に見てた、今は血のお風呂に入るシーンしか思い出せないけど。
第一回が「犬神家の一族」っていうのが凄い、誰もがプールで鼻を押さえて逆さになって足を出しましたわね、「8時だよ全員集合」にも、そくざにパロられてた、ああ、面白いなあ角川映画、日本映画の最後の輝きだなあ、いつから駄目になったんだろう、やっぱバブル期の「天と地」からだろう、バブルがはじけて日本映画もはじけてしまった。
今流行ってる「リング」「らせん」なんかが、今の子供達にとっての角川映画なんだろう、「リング」も「らせん」も見た事ないけど、でもさ、なんか「野生の証明」のラストの健さんが迫り繰る自衛隊に一人で立ち向かって、銃をパーンなんて撃ってるとこに、まちだよしとの♪ありがとぅ〜とソウルな声が流れた日にゃ、もう!なんかさ、そういった
「くーっ!」
っていうのはないね、あれは、子供でも、じいさんでも
「くうーっ!」
となる、まあ「リング」も「らせん」もそんな映画じゃないので論議の対象外だけど、
「くうーっ!」
って日本映画が無いのよ、最近、どーなのよ。 00/6/10
実にサイスらしいと僕は思った、ブーラドリーズはアルバム毎に音楽性を変化させ、常に自分達のやりたい事をやっていた、常に大人になろうとしていた、常に、正しい事をしようとしていた
「スターになんかなりたくない、生きていければそれでいい、だけど、トリックは見逃したくないし、常に火の中に立っていたい」
と歌い、ラストアルバムで
「政治はいつだってパワーゲームで、ぼくらにバワーなんて関係ない」
と歌ったサイス、大人になったブーラドリーズのメンバーは分かってしまったのだと思う、自分たちがこれから何をすればいいのかを、そしてサイスは農業を始めた。
農業は、自然と闘い、自然と共に生き、誰にも迷惑をかげず、社会から完全に独立した職業だ、本当の意味でのインディーシーンって、農業の事なんじゃないだろうか?
ギターのマーティンは新しいバンドを始めたらしい、それはそれで一つの生き方だ、みんなそれぞれがんばっている、それでいいじゃないかと思う。
僕はブーラドリーズというバンドの事を死ぬまで忘れない、そういう事だ。 00/6/20
宗教関係者について共通して言えるのは、基本的にいい人だけどいい人すぎるがゆえに、他人の弱味につけこんでどんどん介入して来る、強引で引き下がらない、心の隙間を信仰で埋めている、なんというか、人間としての尊厳に欠けるというか
音楽が好きでよく聴くんだけど、やっぱりアーティストを盲信してる人が気持ち悪い、得に日本国民の場合、宗教的補完を持たない民族だから、よけいに依存しやすい体質なのだろう、グレイに20万人も集まるのも納得できる、納得はしたくないけどね。
僕は上に書いた様な、「盲信、思考停止のいい人たち」が悪いとは思わない、怖いんだ、怖いから文句を言っている、それは戦前のナショナリズムを想起させるから、なしくずしのファシズムを思わせるから、「盲信、思考停止のいい人たち」が、戦争中にどれだけ残虐になれたか知っているのか!そう思うと、僕の文句は転じて「怒り」に変わる、どうしようもないんだけど、とにかく僕は怒っていたいんだ。 00/6/21
僕の作っている雑誌「ポップ・ゴーズ・アート!」の雲行きが怪しくなってきたのですよ、五百部刷ってネット上で販売しているのですが、結局50部くらいしか売れません、押し入れには膨大な在庫が残ってるというトホホに笑えない状況、これまた膨大な印刷費用、そして人生の雲行きも怪しくなり、続けられるかわからなくなって来ました、続けたいけど、お金もないし、誰も買ってくれない、まるで自主製作で出したレコードが全く売れなくて借金かかえた(自称)演歌歌手みたいです、男泣きですよ。
続行の方法としては全てがフリーの電子出版しかない訳です、そこでメルマガの登場という訳。
コンセプトとしては、インディボーポップ・ロックを中心にマンガ、映画といった様々な文化作品を紹介していきます。月刊で、数人のライターがそれぞれ自分の好きなジャンルのCDの新譜を紹介する、それを中心にコラムや連載小説などをからめた内容にしたいと思っています。
メルマガのタイトルもまだ決めていません、この計画は今すぐという訳でなく、ライターがそろいしだいぼちぼち進めます、とりあえず一人では何も出来ないので一緒にやってくれる人募集です。
未来は見えないかも知れない、だけど、未来を作る事は出来ます !
00/6/26
池田は、元会社の同僚で、明るい女性だ、僕が会った女性の中でも一、二を争う、結構美人でもある、ただ性格はいたって下品だ、そこがまた魅力なのだが、そんな彼女に呼び出されてラーメンを食べに行った、池田は結婚するという、僕は素直に嬉しかった。
池田は自由奔放に生きている、東京へ飛び出して看板書きをやった後、ニュージーランドに行ってワーキングホリデー、一人でインドへ旅行に行ったり、そして、たまたま岡山で僕と同じデザイン会社(鬼畜系)に入り、半年後には警備員で金をかせぎ、横浜へ、そして八王子で外人と同棲しはじめ、そして今回結婚という事になった。
なんか、本当に好き勝手に生きているなあ、と思う、池田は女性で、自分を大事にし、後先考えず行動し、そしてどこか聡明だ、外人と結婚するという一見、破天荒な事すら、池田ならやりかねない、いや、むしろそうして欲しい、と思えてくる。
なんか褒め過ぎなんだけど、彼女に恋心を抱いている訳でない、僕みたいな駄目な男は、パワフルな彼女にはついて行けないだろうし、向こうもそれには気付いている、僕は池田みたいな女性が増えてくれると嬉しいんだけどなあ、といつも思っている。
さて、土田だ、土田は元同僚で男性だ、性格は体育会系なのだけど、なぜかマニアックな音楽や小説を好み、話が合う数少ない友達だ、ほんと対照的に土田は真面目で、組織に依存するのが得意、行動力は皆無で、とにかく何もしない、否定ばかりして、いつも諦めている、彼と話すと面白いのだけど、いつも他人の凶悪な中傷合戦になってしまう、それが好きなのだけど。
と、結構悪口ばっかり書いているけど、腐れ縁というか、結局電話してしまう相手は土田しかいない、趣味の合う人間が他にいないせいでもあるけど、なーんかいつもつるんで何もしない、駄目男が駄目男と駄目に日常を送っている、つまり、僕と土田は、池田とは対極にいる駄目な奴だ。
という訳で、駄目男脱出という事で、池田の様に、後先考えず、いつのまにか行きたいとこへ行き、やりたい事をやっている人間になりたいと思っている。
00/7/26
夏の朝だったと思う、6時くらいで、空ももう明けていて、雲一つない青空だった、僕はいつもの様に新聞をポストに入れる単純作業をしていた、なにげなく空を見上げて自転車をこいでいた、すると。
空から突然、「赤い玉」が落ちて来た。
「あっ!」
と思う間も無く、赤い玉は前方の家の裏の田んぼあたりに落下したらしく、ドスンッ!という鈍い音と、軽い地鳴りがした、僕はあわてて、玉が落下した場所に行ってみた、しかしどんなに探しても玉はみつからなかった。
隕石ではないかとも思ったが、僕にはどうしてもそれが玉にか見えなかった、サッカーボール大の、はりぼてみたいな質感の玉、赤いといっても、どこか色褪せた赤紫色だった。隕石にしては落下速度が妙に遅かった、フワー、ドスン!って感じ、目の錯角ではない、音も地鳴りも感じたし、でも、その「玉」が何かは今でも分からないままだ。 00/8/12
いつもの様に細い道を金剛山を前方にしながら帰宅していた時だった、見なれた風景なのだが、違和感がある、おやこんなとこに集落なんてあったっけ?と思うような場所に集落がある、しかも、その集落ではお祭りをやっているらしく、道の左右に提灯が付けられ、こんなにも遠いはずなのに、着物姿の子供の姿すら確認できる、「えっ」、と思って詳しくその場所を見ようと思うのだが建物が邪魔して見えない、しばらく進んでその建物が視界から消えた時には、その集落があった場所は、いままで見なれた山の一部に戻ってた、「そんな馬鹿な」と思って、もう一度同じ道を通り、同じ場所を探してみた、集落などなかった、だいたいお祭りの季節はもう終わっているはずだ、それからは、もう二度とその集落は見えなくなった。
こんなにも遠いはずなのになぜ人影すら確認できたのか、そういえばあの時の提灯は全部紫色だった、一瞬の目の錯角にしては、妙に生々しく、あの集落の「お祭り」が記憶に焼き付いている。 00/8/12
橋本治は80年代に「ジョシコウセイの心情が描ける唯一の作家」みたいにして文壇デビューしました、僕が思うに、彼は「ジョシコウセイの心情は描けるけるけど、ジョシコウセイの味方ではない」なんて思います。
そりゃ、男の子は女の子が大好きですから、あらゆる手段を使って手に入れようと画策します、けど、女の子は手に入りません、女の子は、女の子です、女の子は勝手に来るか、勝手に去っていくか、どれかです。
そんな恋愛の大原則を理解している意地悪な作者は、ほんとに勝手にキャラを動かしてしまった。
結果的には誰が幸せなんて分からないけど、彼は女子には厳しかった、と思うのが僕らで、女子に幻想を描いてはいけないという大人の忠告でしょうか。
シリーズ中、男子のホモ関係は非常に美しく描かれるのだけど、女子に関しては幻想ゼロです、みもふたもないリアリティを押し付けています。
女子の本音を描ける作家としてデビューした橋本が、実は、女子に関しては幻想ゼロで、リアルに描き過ぎているゆえに、女性不信に思えてしまうのは僕だけでしょうか。
ホモ少年のキラキラした美しさと、現実と闘う女性、まあ、永遠に少年は少年で、少女には永遠は無いのですね、なんかとても寂しくなってきました。
だって、そんな少女にさえ出会っていない僕は、永遠に寂しい少年だったりします。
そんな少年の寂しさを一番分かってくれているのが橋本で、そんな現実と闘う少女を嘆いているのが橋本で、それは、根本的なモラルです、その矛盾と闘うのが青春なのですね。
僕はキラキラも忘れないし、そんな現実とも闘いたいです、かっこよく生きて行く、青春がどこで終わったかしらないけど、ぼくらは死ぬまでかっこよく人を愛し続けていたいんです。
そこらの折り合いをどうつけるのか、それがその人の本当の人間性に繋がっているのです。
あなたはどうでしょう、上司に誘われてゴルフに行きます?
さようなら、あなたは僕の墓には絶対に近付かないでください。 00/8/21
自転車で10分ほどの場所のコンビニ、だけど、ここは山奥の集落で電灯などほとんどない、夜中には真の闇が訪れる、僕は懐中電灯を片手に持ち、自転車をガレージから出した、バランスがとりにくい、こぎにくい、その時、まるで、おそらくは鳥の泣き声だろうが、断末魔の女性の声にソックリな
しばらく行くと住宅地に出る、安心して懐中電灯を消す、だが、安心してはいけない、今夜は妙に電気がついている、何かあったのか?と思うくらいだ、何か不自然な空気、そして、ふいに誰かの声が上の方から聞こえる、ふと上を見る、住宅の二階から女性が僕に話しかけているのだ、電気がついている為、顔は影になって見えない、影の形からして、どうやらその家の奥さんの様だ、僕は無視して通り過ぎるしかなかった。
…しかしよくよく考えると、夜中の3時に、通行人に2階からささやく様にしゃべりかける人などいるのだろうか?あれは…
00/9/2
「これが野球なんですよ」
とか
「野球ファンにはたまらないんですよ」
としかコメントしなくて、出演者の間にいや〜な空気を作ってた、僕も見てて不愉快だった、その話を野球ファンの土田にしたところ
野球のどこが嫌いか、よくよく考えて下さい、小さな球を棒で打つんだよ、しかも思いっきり、人に当たったらどうするんだ!そんな事をするのは頭のおかしいかわいそうな人達だ、やはり根本的に狂ってる、しかもその球を手で受け取ろうとする、顔に当たったら痛いぞ、やっぱり狂ってる、狂人の集団だ、2000人の狂人だ。
野球選手のお尻が嫌いだ、あんなものをテレビで映すな、固くてでかくて気色悪い、もっとかわいいお尻が見たいよ、ギャグ漫画家しりあがり寿氏の名言「チチもあればシリもある」に対して恥ずかしいと思わないのか、土下座しろ馬鹿もの。
野球は面白くない、なんか惰性のダレた空気の垂れ流しだ、ピシッと来ない、ドラマが無い、例えば「巨人の星」だったら、星飛雄馬の恋人が死んで、悲しみのあまりに飛雄馬が嵐の夜、森の中に走り、そこらの木に自分の頭を何度もぶつけ血まみれになりながら崖から転倒し、それでも復活する時に
「おっとぉ、ランナー2塁回ったぁ」
などと早口でしゃべり出して何の事か分からない、よく分からないまま、こっちはほったらかしで会場はめちゃめちゃ盛り上がっている、なんか合同結婚式の会場ともだぶって見える、なんか気持悪い。
プロレスみたいに全部八百長でやるとか、覆面バッターとか出せばまだ楽しめると思うけどなあ、電線電流試合とか、試合中に切腹するとか、そこまでやってくれないと野球なんて退屈で死にそうです、だいたい野球って「野蛮な球」だよ、嫌だ、「野蛮」も「球」も嫌だ。
会社なんかでも、必ず社内野球大会があって、強制的に参加させられる、野球っていうのは、どっか権力に従順な人間の腐り切った魂を感じる、ヤンキー〜鉄砲玉魂みたいなとこがある、どこかそれがナショナリズム〜右翼団体精神につながっているかも知れない、僕は恐ろしい、野球ファンが怖い、助けて下さい!
とにかく僕の人生には、野球というものは絶対に介入させません、絶対に、野球ファンの人と縁を切ります、さようなら、さようなら。 00/9/5
僕は今日ハローワークで彼女に似た女の子を見た、もちろん別人なのだが(なぜかと言うと、公務員と結婚した彼女がハローワークに来る必要など無いからだ)、僕はやはり胸の奥に重いものを感じた。
大事な人と突然切り離される、それも一方的に、まるで身体がひっついた二人を、強引に力わざでバリバリと引き剥がしたみたいに、皮膚がさけ血が出て、何年も、いや、一生その傷跡が残る様な、そんな最後を迎えた事があるだろうか?多分、戦争だの、犯罪だのという不合理がそんな状況を作るのだろう、あるいは過労死とか、そんな経験をした事があるだろうか?そんな経験しない方がいいに決まってる。
結婚した女の子に似た人を見てしまったので、僕は結婚した女の子の事を回想ぜざるえない状況だ、思い出すたびに、なんかこう、胸は痛まない、胸は痛い訳ではないが、こう、いかんともしがたい形相になり、ただ遠くを睨む、なんでそんな事をするのかは分からない、ただ遠くを見て、どこを見るという事もなく、遠くをみて、睨む。
人間の精神の根底の部分に抵触しているからだろうか、それはもはや失恋ではない、トラウマのたぐいだろう、大事な人を殺された人もこんな思いでいるのだろうか?
対照的に母親の死は、引き剥がされたものではない、母は、あらかじめ死ぬ、という事が決まっていたのだ、じわじわと生命力を失いながらも、自分はまだ生きられると信じる母を見るのは、堪え難い苦痛であった、そんな嘘を隠しとおしている自分が嫌だった、だから、僕は、介護をしている人が言うようにしてみた、命を引き延ばすのが介護ではない、今日一日をその人と幸せに過ごせる様に努力するのが介護だ
「ああ、今日のご飯美味しかったわあ」
とか
「今日の夕焼けきれいだったわねえ」
と、いずれ死を待つ人たちが、それでも命の炎を燃やせる様に、すこしでも楽しく一緒に過ごす事が介護だ。
思い出は時間を超える、人の思いも時間を超える、結婚した女の子が幸せならそれでいい、もう2度と会えなくても、あの時は楽しかったなあ、と僕が思い出す事ができればそれでよい、母にしても同じだ、ただ母の場合は、思い出せぱ思い出すほど後悔がつのる、やはり僕は遠くを見て睨むのだろう。
人生は一度しかない、パァーッとやろうよ!な〜んて無理なのは分かってるけど、大事な人を二人も失った僕は、そう思いたいし、そんな世の中になる様に努力したい、時たまに遠くを睨みながらね。
00/10/18
「セルフのうどん」に関しては、腰のまったくない麺にお茶をつぐ様に汁が張られ、あとは自分で好きなものをトッピングという方式だが、まあ単品のすうどんだけではとてもじゃないけど不味くて食べられないのでテンプラ等を乗せていくのだけど、気が付いた時はもう遅い、勘定は500円を超えている、しまった!それで食べてみたらテンプラの具は小さいし、油ぼとぼとで頭痛くなって来て、
続いて「吉○屋」だ、通称「吉牛」だ、キン肉マンの好物だ、それはいい、都内には必ず「吉○屋」があって、貧乏学生がよく利用している、食が高く付く都会では、安くてそれなりに満腹になる、吉野屋は頼もしい存在だろう。
ンがっ、吉○屋には致命的な欠陥がある、不味いのだ!あれは食べ物では無いと僕は思う、だいたい注文すると、店員が給食のカレーの入ってる鍋みたいなとこから、醤油で雑巾を煮たようなものをご飯にかける、それが出て来る、なんだこれは!という事になる、
腹立たしい事に、吉○屋は人気者だ、大学の時、友達と吉○屋で食べる食べないで口げんかになった事もある、別の友人に言わせれば
「あれはエサだから、出されたエサは黙って食う」
のだそうだ、しかも
「東京で500円以内で食べられる食べ物は吉○屋とマクドだけ」
なんだそうなのだ、貧しいぞ東京!
もはやトラウマともなっているのが、某インチキデザイン事務所にいた頃、よく連れて行かされたのが「セルフうどん」と「吉○屋」だ、あいつらの頭と舌は完璧に破壊されているのでなんでも食やあいい、だけど俺を巻き込むなって、まあ心の中で大激怒、小心者の僕は無言で食べましたよ。
営業社員さんに至っては「日曜日も通うんですよ」とニコニコ、駄目だ、味覚崩壊である、営業の人は、ご飯を食べる時間がないので、さっと出て来る「セルフ」や「吉○屋」をよく利用する、片手で携帯で仕事の話をしながら、ジャンクフードを流し込む、なんともみっともない人生である。
とにかく、味覚は重要だと思う、どうせなら安くて旨いものを食べないといけない、どうせなら、面白くて楽しい人と付き合いたい、食べるという事をおろそかにして、いつもピリピリバタバタしてるインチキデザイン会社の人達は、多分味覚の段階から人生がひんまがっていると思った、それは仕事のやり方、人との付き合い方、そしてザデインそのものにも反影されている、歪んだ人達だと思う。
食べ物はエサではない、僕は不味いものを食べたく無い、「吉○屋」さんも、もっと味を改善した方がよいと思う、誤解が無いように書いておきますが、この文は中傷ではなく、個人的にトラウマになっている食べ物に関しての、ある考察です、「吉○屋」さん、決して怒らないで下さい。
00/11/11
「またサンバですよ」
「京都ではサンバが流行っているのかなあ」
「果たしてサンバって音楽なのかあ?そうじゃない様な気がする、ジュリアナとかあんな感じ」
踊る為だけの音楽、いかに機能的に踊れるかを追求した西洋合理主義の様な無駄の無い音楽。
「この人達は本当にサンバが好きなのかな、本当にサンバが好きでレコード買ってるのかな、家に帰って一人でサンバのレコードかけて、う〜ん、やっぱサンバはいいねえ。とか思うんだろうか」
「それはヤバいですよ、かなり」
僕はレコードが好きなので、一生懸命働いて、わくわくしながら買って、それが当たりだったら嬉しくて何回も何回も聞いてしまう、だけどDJと呼ばれる人達はそうもいかない、強迫観念に背中を押されてレコードを買い、状況に合わせて選曲する、その作業に音楽に対する愛情が入り込む隙は全くない、本当に音楽が好きな人は、DJなんて出来ないかもしれないなあ。
「友達のとこ行って、ちょっとサンバかけていいですかぁ〜、とか言ったら、俺、帰るよ」
「普通そうですよ」
でもサンバだ、そういえばクラブで「サンバ〜」と叫びながら楽しそうに踊っていた人達がいたな、もしかして、このサンバブームはあの人達が作ったものなのか、時代はサンバなのか?いやだ〜。
僕はフランクに人と話が出来ない暗〜い性格なので、心にいつも西部劇でよく風に転がってる草みたいなあれ(分ります?)がゴロゴロしてる、こんな僕でも生きていけるのか?と十代の僕は思った、だけど、生きていけるんだよなあ、音楽があるから、レコードがあるからなんとかやっていける、音楽は僕が生きる為に必要な「光」なんだ、どんな辛い時でも音楽があればなんとかなる、何もかもおしまいになって街を出ていくかどうか悩んでいる時に、テレビから流れたイギリスのポップグループ「ステップス」の馬鹿な馬鹿な、とことんお馬鹿な曲を聞いて思わず笑ってしまって、こいつらは何だ、馬鹿か?馬鹿だ!とか思って、音楽っていいなあ〜って再認識。だから僕は僕が信じれる音楽を君に送りたい、元気のない君を元気にしてあげたい、一緒に笑ってみたい、そんな気持ちで僕はいつもレコードを買っている、だから僕は愛の無い音楽なんて理解できない、ごめんなさい、でもべつにサンバに愛がないって言ってる訳じゃないのよ、愛のあるサンバもきっとどこかに…そうだピエールバルーが歌ったサンバは、優しくて、寂しげでよかったなあ。
サンバと言えば「黒いオルフェ」という映画、僕は「フェリーニのローマ」を見た後に続けてこの映画を見た、ビデオテープを入れると、なんか遺跡が出てきて、フェリーニの続きかあ、とか思ってたら
突然画面がバカッって2つに割れて、山の上をキョーレツな格好をした人達がサンバで踊りながらこっちに向かって来る!
それが名作「黒いオルフェ」の最初のシーン。でもこの映画はいい映画でした、それにトロピカリズモ再評価で、ブラジルの音楽が注目されてるしね、ステレオラブの新作も「ドッツアンドループスパート2、ちょいブラジル度高め。」(アキラホワイト評)といった感じで、ブラジルは暑いけど熱いって事になってる、らしい、だから「サンバ〜」な人達が本当にサンバへ雪崩れ込んだのかなあ、ぼくにはそれを批判する権利もないし、批判はしない、でもやっぱ、なんか違うんだなあ、ソウルが足りないのかな。
みんな大好きなバイクライド、あのバンドのどこが素晴らしいかっていうと、ポップミュージックを、ソウルミュージックを信じてるから、合理的にいかに売れる音楽を作るかという事しかないアメリカという国の音楽シーンは絶望的だから、自分の出来る範囲の精一杯のポップを投げ付ける、ぼくらは受けとる、しっかりと、落とさないように大事にね。単に趣味とかそんなレベルではないんだ、本当の音楽を聞ける、感じれる耳を持って欲しい、君が何の知識もなくレコード屋で手に入れたバンドは、出会うべくして出会った、君の人生はこれからいくらでも変えられる、君が選ぶんだ、君の意思で、踊らされるのでなく、自分の意思で、自分の生命力を、これからの人生をぶつけられる音楽を選ぶんだ、その曲で魂を解放しなきゃ。誰かが決めつけた踊れるだけの愛の無い音楽を垂れ流し、光り輝くポップやソウルをフロアに監禁するクラブを僕は憎む、唾棄すべき存在だ
君もいつか恋をして、楽しくて、2度と会えなくなって、泣いて、そして、旅に出るだろう、その時に君の頭の中に響く音楽ってなんだろうね、もしそれがサンバだったら…「悲しき残念賞」。
「写真でも撮って、とっとと帰ろうぜ」
とか言ってると、隣の男の携帯での会話が風に流れてくる
「うん、今、例の、うん、それがな、おもんないねん」
パチリ、思わず笑ってしまったよ。
99/09/18
で、70年代に戻ろう、やはり「ゾンビ」である、中学生の時に友達を集めてよく見ていた、なぜ「ゾンビ」なのか?それは中学生男子の心を揺さぶる何かが、あの映画にあったからだろう、今見ても「ゾンビ」は鮮烈だ、赤黒い壁紙のアップからいきなりな導入部、ゾンビ処理に対応できなくなったスワット隊員が脱出、ゾンビ狩りを楽しむアメリカン、スーパーマーケットを占拠して一時的な楽園を作るが、襲って来る暴走族、まさになんでもありの人生観、倫理観てんこ盛りの傑作だった。
さらに音楽がゴブリンである、ファンキーなホラーチューンが炸裂する訳だ、男子たるものたまんない訳だ、日本で公開された(中学校の時見た)バージョンは、監督のロメロが適当にライブラリーから引き抜いた音楽や、実際にスーパーに流れていた音楽のみで構成されていたため、それはそれでリアリティがあった、しかし、中原昌也氏も指摘する様に、ラストシーンで、一番大事な見せ場で、いかにもなファンファーレが鳴り響くのは、子供心にもおかしかった、そう、中学生5人大笑いである、ここらも「ゾンビ」が「ゾンビ」たるゆえんだが、で、ゴブリンが音楽を担当したバージョンは、ゾンビとの戦闘のバックにファンキーで、それでいて緊張感満載のプログレッシブロックが炸裂しまくり、これは血湧き肉踊るって奴だろう、見ていて「いけっ!」「殺れっ!」などと声が出てしまう、まさに一生に一度の映画だ、これは。
ゴブリンというグループはイタリアで活躍したプログレバンドだ、アルジェントの「サスペリア2」でデビューし、以後アルジェントの映画の音楽を担当する、出世作「サスペリア」の呪術的な喘ぎ声から一転してのファンキーになる主題曲が素晴らしい、そしてアルジェントの「サスペリア」、美少女ホラーの先駆けみたいに言われているが、あの発狂した色彩、バレエ学校を舞台にしているのに、全編照明真っ赤である、校長が魔女でどーたらこーたら、話は結構つまんない、ていうか退屈、だけど、全体に漂う世界観は常人では絶対に作れない、最後まで説明不足な設定をふくめて、なんともまた見てしまいたくなる映画だ。
「サスペリア」の続編は「サスペリア2」ではなく「インフェルノ」という作品、これは音楽はキースエマーソン、つくづくブログレ好きの監督だ、「インフェルノ」でも、炎上するホテルの中で主人公が急に走り出す、すると突然変拍子のホラーロックが鳴り響く、かなり変、「サスペリア2」でも、謎にせまる主人公が館の壁づたいに窓から侵入しようとする、足が滑る、その時、突然ゴブリンのファンキーホラーロックが炸裂するのだ、なんか音楽の使い方が無茶苦茶なのだ、そのいびつさが、男子の心を弄ぶのだろうか。
なぜホラーにプログレなのか?という大疑問が残る、やはり「エクソシスト」にマイクオールドフィールドの「チューブラベルス」が使用されたのが大きいだろう、「チューブラベルス」は大ヒットし、弱小インディレーベルだったヴァージンは、その後、飛行機会社にまで成長した、以後「ホラーはプログレ」という了解が出来たのだろうか。
プログレではないが「オーメン2」のジェリーゴールドスミスのホラー合唱は怖い、「オーメン」は1でも3でもなく2である、自分が悪魔だと悩みつつ人が死んで行く葛藤に悩むダミアン少年が本当に本当に素晴らしい、で、期待して3を見たら、ダミアンいきなりオヤジである、よりによってサムニール(ジュラシックパークのオヤジ)だし、がっかり。ホラー映画の自主制作の「2001年」と呼ばれてる「ファンタズム」、これは突然役者どうしが軒先きでセッションはじめる、ハルハートリーの先駆者か?違うと思うけど、このB級感がたまらない。
あと「SFアンドロメダ」「フェイズ4」「デモンシード」など話がつきないのでやめますが、やはり70年代のホラーって、ほんとのものがあると思う、なんか分からないけど、あの重さ、緊迫感、あれは冗談ではない、とんでもないものだ、それは60年代のヌーヴェルバーグや、パゾニーニ、三池崇史なんかにも通じる、普遍的な題材を撮ってしまうとこにあるのかも、普通とれないです、映画は資本を出す顧客あってのお祭り産業ですから、でも、撮ってしまった、上映してしまった、しかも言葉には出来ない興奮が、静かで重い興奮がある、そんな映画、あなた見た事ありますか?
00/11/15
以前は、カップルを見るたびに腹を立てていたが、それではいけないと、あえてそのカップルを客観的に観察してみる事にしたのだ、すると、べつだん立腹する事もなくなって、それどろか、「お似合いだね君たち」とニコニコと微笑む事すら可能になった、素晴らしい!
それはそうと、いいカップルと悪いカップルである、いいカップルとは、僕の友人カップルだけど、みんなで飲む時なども、あんまり二人でベタベタしない、たまに二人だけの言葉なんか出たとしても、ああやはりこの二人はカップルなんだな…と、こちらが微笑ましくなるくらいだ、なんというか、自然で、バランスがいいんだ。
で、駄目カップルってのは、さっき本屋にもいたのだが、男の方がいつも落ち着きが無く、相手に常にしゃべりかけている、彼女の方は冷静に本をさがしてる、これは見てて非常に見苦しかった、バランスが悪いのだ。
どちらかが常にベタベタしてる、みんなで話ている時と、二人で話してる時には口調がまるで違う、やたら「俺にまかせとけ」とか「俺が知ってる」とか自分を優位にたたせようとする、女の場合は、恋愛に媚びていて、人前でも当たり前のようにノロケる。馬鹿が!
あー、やだやだ!、バランスが悪いんだ、見ててムカムカしてくる、馬鹿がこんな恋愛ごっこをしているから家庭や社会が歪んでくるんだ。
これが、男の方も、女の方もそんな感じで依存しあっているカップルもいる、有名な例ではキムシズ、あの二人の関係なんかそうだろう、この場合は腹は立たない、だって僕はどちらに対しても、何の感情も持ってないし
これが、どちらかが、それなりにいい人だったら問題だ、
バランスの悪いカップルは、僕が指摘してあげるから、今すぐ別れなさい!本当の愛ってのを僕が教えてあげようじゃないの!
00/12/20
中学生の時、なんか世の中チガウって悶々としてた時に飛び込んで来たのが「ファンロード」という雑誌、現在では「やおい専門誌」みたいになってるけど、当時は、まだサブカルのニオイがプンプンの良質オタク雑誌でした。
70年代に幼年期を過ごした僕は、いわゆる「濃ゆい劇画ちっくな漫画」には飽き飽きしてた、もちろん「ピースマーク」「スマイルバッジ」「ダッコちゃん」なんていう70年代なイコンにはもう、かんべんしてくれー、って感じだった、そんな中、「軽い」「可愛い」「未来派」なんて感じの80年代の到来を僕は待っていた、中学生のノータリンの頭でも、そんな当たり前の事は分かっていた、で、大友克洋とか押井守に夢中だった僕は「ファンロード」にも当然夢中になった、「ファンロード」には時代を変革していく力があったし、なにより閉鎖感がなかった、僕は投稿したり、「ファンロード」を読んでいる友達を作ったり、いわゆる「オタク」になっていった。
だけど、80年代なかばあたりから、そう、コミケで「キャプ翼」が盛り上がるあたりから、「やおい」が登場して「オタク」を追いやり、僕の居場所はここじゃないと思いはじめた、僕は「ファンロード」を後輩に全部譲り、それ以来二度と買わなかった。
続いては「宇宙船」というSF雑誌だ、高校生になった僕は映画に凝りはじめる、「ブレードランナー」「ターミネーター」「イージーライダー」とかいろいろ映画を見て、映研にも入ったりしてた、「宇宙船」は今でも現役に良質なSF雑誌だ、僕は当時再放送していた「ミステリーゾーン」に夢中になっていて、その解説に惚れ込んでしまった、当時の最新映画情報も載ってて、本当にためになる雑誌だった。
だが、僕は次の雑誌へと進む、次は「マーキー」だ、これも現在も存在するが、当時は全く違って「プログレ」専門誌だった、プログレというのは、70年代に流行った前衛的なロックの事だ、映画の次に僕はプログレにはまってしまったのだ。
「マーキー」にはずいぶんお世話になった、往年のプログレを取り上げるだけでなく、現在進行に「プログレ」なバンドも取り上げていて、それで僕は「マーキュリーレブ」や「マイブラッディバレンタイン」なんてバンドを知る事になる。
「プログレ」の次に僕に来たのは「フリッパーズギター」であった、まあ、その話は雑誌には関係ないと思ってた、だけど違うんだよなあ、田舎の印刷現場で汗まみれになってた僕は、世の中を呪ってた、なんでみんなかっこ悪いかなあ、気持ち悪いかなあ、って、そんな時、ドギモを抜く雑誌が登場した。
「米国音楽」だ、これには、本当にまいった、こんな雑誌あり?って思うくらい直球だった、僕は友達もいないので部屋にこもってひたすら宅録をし始めた、そしてそのテープを「ベーコク」に送った、すると紹介されてしまった、嬉しかった、僕にも何かができると思った。
そして、時代はシブヤ系へとシフトし、「ベーコク」も変わって行くのだった。
で、「ベーコク」と並行して好きだったのが「ヴァンダ」だ、これは完全同人誌であったが、素晴らしい文章で僕の心をとりこにした、この雑誌のおかげで、僕は少女漫画の魅力を知った、「トーマの心臓」を読んで、忘年会で、最愛の人が新入社員とホテルに行くとこを目撃した時、僕は「トーマの心臓」のユーリだと思った、怖い人に殴られて星空を見ていた、馬鹿だった、ほんとに馬鹿だった。
そして、だんだん気持ち悪くなる「シブヤ系」に飽きていた時に、最後の雑誌と出会った、それは「ワッツインエス」だ、僕はこんな素晴らしい雑誌を見た事がない、これは最高の雑誌だと思った。
「エス」は、息苦しさがない、メジャー、マイナー関係なく紹介している、そして全ての文が面白い、僕は「エス」をたよりにたくさんの素晴らしいレコードを手に入れた、まさに至福だった。
だが「エス」も廃刊となった、こうして僕のながーい、雑誌の旅も終わるのか?と思っていた。
だけど、まだひとつだけ残ってる、いい雑誌が奇跡的に現存している、それは「バウンス」だ。
タワレコのフリペとして発足したこの雑誌、「サパービア」の橋本さんが編集長となってから飛躍し、そして橋本さんが降りた現在でも、その輝きは衰えない、ライター同士の切磋琢磨、ゆるーくも結果的にまとまったインプロ編集も、全てが素敵だ、僕はこんな雑誌を作りたいっていつも思う。
そして、21世紀、「JGM」って雑誌に浮気しつつも、僕もなんとか一人で生きてる、雑誌って分野が無くなる事は無いと思うけど、やはり雑誌は低迷している、面白い雑誌は少ない、雑誌を買うくらいならネットにつないだ方が面白い、それは分かる。
だけど、雑誌のあの印刷のニオイ、完成された作品としての面白さは忘れてはいけないと思う、僕は、今まで読んだ雑誌超えるくらいの雑誌を作りたいって思う。無理かも知れないけど、でも、僕は一人でもやりたいんだ、雑誌のあの魅力を一人でも多くの人に伝えたいんだ。
01/01/19
そういえば、小さいころ、手癖が悪く、家のお金をくすねてはゲームなんかを買っていた、それがバレて、僕は母親に首を絞められた、母は泣きながら
ま、母も死ぬ勇気は無かったし、それは単なるオドシだったと、今になっては思う。
14歳になった時、僕は車に跳ねられた、ウォークマンを聞きながら自転車に乗って、農道を渡ろうとしていたら、かなりのスピードのバンに跳ねられた、僕の身体は10メートル近く飛ばされて、田んぼの中に落ちた、自転車は大破した、ウォークマンもバラバラになってアスファルトの上に散らばった。
運転手は血相を変えて僕を起こして
「大丈夫か?」
と訊ねた、僕はとにかく怖かった、こんな事件を起こしてしまったら、また母にしかられる、とんでもない事になる、ただそれだけが怖かった。
「大丈夫です」
と答えた
「もういいです、なんでもないです、行ってください」
と言った、もちろん相手にしてみれば、人を轢いて、自転車も破壊してしまったのだから心配でしかたないはずだ、だけど僕は一刻も早く立ち去って欲しかった、骨が折れていようと、とにかく母に責められるよりましだと本気で思っていた。
「ほなら、腕立て伏せしてみい」
と運転手が言う、記憶には無いが、本人はかなりおどおどしていたと思う、僕は腕立て伏せをしてみた、とにかく早くこの状況から抜け出したいので必死にしてみた、すると運転手はまだ注文をつけた
「次は腹筋や」
一体なんで腹筋なのか分からなかったが、とにかくしてみせた、すると運転手は安心して去って行った、僕も正直ほっとした、これで怒られないですむ、はーよかった、って壊れた自転車を引きずりながら帰った、ウォークマンは壊れてしまったが、どうせ千円で売ってたインチキ商品だったので悔しくはなかった。
だが、結局
もう一つ、死ぬかと思った事がある、中学生の僕はオ○○○を覚えて、ものすごくしていた、多い時では一日十数回もしていた、友達もいない、遊びに行くとこもない僕には、オ○○○だけが青春のはけ口だった、といっても、世の中の男子のほとんどがそうであると思うのだけど。
ある日、なんだかとっても怒っていた、いつもストレスを抱えていた僕だけど、その日は、なんだかとっても怒っていた、ふんまんやるかたなくなって、僕は衝動的に、漬け物を入れていたガラスの容器を右手で粉砕した、一瞬快感が走ったが、それは一転して惨劇に変わった、割れたガラスの破片が右手の中指から小指まで見事にめり込んでいる、薬指などは、スパッ!と切れて、骨が見えている、ヤバイ!僕は冷静にティッシュを何重にも巻き付けゴムを巻き補強し、そして割れたガラスを片付けて、つけものを処分した、ふー、これでよし、これで怒られないですむ。
そこまではよかった、それからが地獄だった、つけものの容器を叩いてケガをしたなんて母に言ったら怒られるに決まってるので、黙って病院にも行かなかった、おかげで完治した今も指が曲がってしまっている、いや、完治するまでが大変だった、風呂に入っても右手は使えないし、血は止まらないし、そして、オ○○○が出来ないのが大問題だった、数日して、やっと血が止まったのだけど、男子というのは馬鹿なもので、もうオ○○○をしてしまうのだ、ところが、オ○○○をしてしまうと、止血していた指が出血を始め、血まみれになってしまう、けれど、どーにも我慢ができない、一体どうすれば??というアンビバレンツが一ヶ月ほど続き、そしてなんとか完治した、たかが指だけど、あの時ばかりは死ぬかと思った。
母に関するトラウマを書いてみたのだけど、僕が馬鹿なのもあるけども、そして、母が強欲なのもあったけど、要するに僕らは、愛し愛されるのがとてもヘタだった、という結論に達したのだけど…。
それで、いいですよね、お母さん。
01/01/25
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