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「鎌倉へ行こう!」特集:小津安二郎


 一応、大阪芸術大学映像学部卒業のぼくが、日本映画の巨匠について特集した無謀で愚かな企画です、読み飛ばして頂いて結構です、本当に。

 1999年春、大好きな人が、突然知らない人と結婚して2度と会えなくなってしまいました。ノストラダムスの予言は当たったのです、ぼくにはね。1999年秋、今度はぼくの母親が病の床に伏せました、ガンで手術するのです、ぼくは腕を組み曇空をにらんで考えました、家族って何?家庭って何?愛って何?「ゆっくり大人になっていくぼくら、何かを決めなきゃね」そうか、それで僕なりの回答として小津の映画を取り上げました、ギターポップだ、ネオアコだ、エスカレーターだといっても、生きてると「ターニングポイント」というものが必ず出てきます、その時にあなたが慌てない様に思って、お先にちょっと悩んでみました、必要な時は読んでみて下さいね。

 今、きみの前には果てしない時間がある、愛する人に去られてしまった今、きみはどこに行けばいい?何をすればいい?誰を愛したらいい?無理してどこかへ行くのも、無理して誰かを愛するのも、ジダバタ何かをするものいい。でも、時間があるなら映画でも観ませんか?いや、別に誘っている訳じゃない、ただ、きみに観てほしい映画がまだたくさんあるから。

 きみには好きな人がいる、その人とは手もつなげられないくらい仲良しだ、キスもできないくらい仲良しだ、きみと彼とは、今、自転車にのって海沿いの道を並んで走っている、本当に本当に楽しかった。だろ?しかしきみは知っている、彼が近々結婚する事を。大好きなお父さんに彼との縁談をすすめられた時もきみは笑顔で答えた「あの人結婚なさるんですよ」お父さんは困った顔をして、でも別の縁談をすすめてくれた、友人達も言う「結婚しちゃえしちゃえ」「しないしない」「しちゃえしちゃえ」大好きなお父さんのためなら結婚しなきゃいけない、お父さんもそうやってお母さんと結婚したんだわ。

 そういった場合、普通はその恋愛の過程を描く、今テレビつけたらやってる番組もおおかたそんなものだろう、だが、彼はその過程を最初から最後まで描かなかった、描かなかったのだ、描けなかったのではない、断じて、それは俺が法廷に立って誓ってもいい、俺の人生捨てても絶対にそこだけはゆずれない、彼は、真実だけを描いた。本当の事なんて結局、誰にも分からない、けど、ぼくらが「愛し愛されて生きていく」にあたって、分からないけど、決めなきゃならない事が出てくるんだ、僕は、それを少しづつ変革しようと思ってる、でも、もしあなたが幸せだったら、俺の変革は全くの無意味、どころか、俺は敵になるのだ、なんという事だ、愛している人に嫌われる程みじめな事はない、どうしたらいいのかわからない、本当に、どうしよう、わからないけど、とにかく、書いてみます、そしたら結論が出るかもしれないね。

 小津安二郎、彼の作った映画は徹底的に不自然である、演技も台詞もなにもかも、彼は物凄い力わざで、モチベーションで、完璧なる箱庭を作ったのだろう、それは不自然であるがゆえ、あまりにもリアルで、たとえ、台詞がなくても、その間から、空間から、隠された強大な感情を汲み取る事ができる、「見ればわかる」とにかく小津映画は見れば、全てが分かってしまう。

 普遍的な家族の拡散(結婚、死)を描きつづけた監督は、北鎌倉の実家で母親と二人で過ごし、最後まで結婚もしなかった、自分の映画とは全く正反対の人生だった(まるで、燃え尽きたジャックケルアックの様に)、北鎌倉にある監督の墓石には名前はなく、ただ「無」と、一言しるされている。

 これが単純な謎かけではないのは、エーリクでなくともわかるはず、永遠に解けない謎をとく為に、ぼくらは彼の残した作品を見る。キューブリックも、死を覚悟した時、最後に残した4文字があまりにも素敵だった。人は死ぬ、それはしかたない、ぼくも、きみも、年老いて、死ぬ、死を覚悟した時、何を残せるかだ、彼らは映画を残した、君はきっと子供を残すだろう(ぼくは一体なにを残すんだろうね)。そして、それは人類がほろびるまで果てしなく続く、素敵に、そして、残酷に。フフ、太陽があって、大地があって、街があって、家族や友人達がいて、悲しい事もあって、嬉しい事もあって、そして全てはくり返す、ぼくがいなくなっても、人生は続く、「ライフ・ゴーズ・オン」それは大好きなBMXバンディツの曲にある通りに。

 自分でも驚いた事に、ぼくは、手術で衰弱した母親を見て「せめて生きている間に結婚して安心させてやりたい」と思ってしまった。それは、思うんよ、どうしても、まあ、ぼくには結婚するも何も、恋人も友達もいないろくでなしだから無理なんですけど、でもね、僕が、いや、君が、君の本当に愛する人と一緒になれるなら、そんな素晴しい事はないよ、本当だよ、そんなあたり前の事が、一番大切だよ、「ポリーマグーお前は誰だ」のエスカレーターのアナログ盤も重要かもしれないけど、俺は、そんなものより、恋人の笑顔とか、母親の安心を望むよ(そんな事当たり前か、今頃気いてどーする!この馬鹿もの)。でも、でも、どちらも今のとこ無理だけどね、電話する勇気もないけどね、まあ見ててよって事で。


◆ OZZYなできごと ◆


「一緒にいたい人」犬飼恭子

 近藤さんも大好きなこの物語、主人公と三角関係の一辺である「ねこみたいな女の子」が、突然ロマンスカーで鎌倉へ行き、全ての謎をあかした後、雨上がりの境内で、突然傘を剣にみたてて決闘をはじめる場面が秀逸で、全体の印象は散漫ながら、その場面だけは鮮烈に脳裏に焼き付いている。鎌倉が出てくる時点で小津度高し、生(性?)の無情を青春小説の中に埋め込む才能に小津度30%といったとこか?


「ピーチ」岡村靖幸

 「裸でかっこいい奴が一番かっこいい」という名言が、あの井上三太のソウルに火をつけた事でもおなじみ、(いや、あまりなじみはないが)80年代後半を駆け抜けた本物の歌手、岡村靖幸の絶頂期に制作された、もんのすんごぉい映画。オープンカーで鎌倉へ向かう途中、靖幸が突如♪江ノ島も見えてきたぁ〜と歌う場面がキョーレツ、結婚してブラジルへ行ったはずの女の子とマクドで再会して大泣きする靖幸は、何度みても泣いていいのか、笑っていいのかわからない。小津映画を一緒に見にいった女の子が貸してくれたという意味と、鎌倉の登場だけで小津度10%、スマン。


「高畑さん」藤子・F・不二雄

 小津の正当後継者である原恵一が演出を手掛けた超傑作アニメ「エスパー魔美」に登場するキャラクター、魔美の良きパートナーにして、友達以上恋人未満のいい関係。この人の「いやあ、魔美クン」というしゃべり方は絶対「東京物語」の笠智衆の「いゃあ」というしゃべり方に激似!小津なき後に唯一小津テイストを感じさせてくれた作品「エスパー魔美」。これを見たらキミは「うおー!高畑と結婚してー!」と思うだろう、そこも小津だ。もはやゲンブールもかすむほどのかっこいい本物の男!ほんとにほんとにカッチョイイー!もう理性おさえられないので小津度200%!


「ホーリーガーデン」江國香織

 じわっとした恋愛ものを書かせたら右にでるものも左に出るものも追ってくるものもいない小説家の書くべくして書かれた三十路前の女性の恋愛小説、ハッピーマニアのタカハシみたいな男の子が、小津の映画を持って主人公の部屋へやってくるくだりが小津、「東京物語」「麦秋」「晩春」の3本が登場する、物語事体に小津テイスト薄いが、なんかローアングルで長まわしのカットが多い映画をみている様な印象。映画化された「きらきらひかる」も秀作!アル中役の薬師丸ひろ子が「海だあー」と言って海に突撃するシーンが素敵。その松前錠司の「ベルエポック」も超好きな映画のひとつ。小津度40%


「東京画」ヴィムベンダース

 国際的小津フリークであり、傑作と駄作を交互に撮りつづけるドイツの監督が撮ったドキュメンタリー。といっても来日した際に持ってきた16ミリカメラで東京をダラダラ撮っただけの気休め映画、と言ったら失礼だよな。冒頭とラストに「東京物語」をインサートしつつ、笠智衆や、当時のカメラマンにインタビュー、「おやじさんがいなくなってどうしたらいいのか…小津は全てで完璧でした、もう、かんべんしてください」といって泣きだす場面に失われた小津ワールドが想像できる。この映画を見た日の夜半に電話があり、大好きな人が結婚した事を知る…祝福できない自分が本当に…本当に情けなかった。小津度90%


「鎌倉物語」 西岸良平

 タイトルと西岸良平の絵柄が、もう小津!ねらったな、と思ったら意外にもミステリーものでコケるが、「三丁目の夕日」の方が今は無き昭和を暖かく写し出して小津なのかも、どちらにせよモダニストであった小津とは程遠くテイストは薄々、西岸良平はどうしてもあの絵柄でかたずけられる事が多いが、実はハードな設定と絶妙のストーリーテリングでみせる作家、地味ながらも傑作の短編がいっぱいあるのだよ。という訳で、小津度20%


「119」竹中直人

 竹中直人の監督第二作、脚本を宮沢章夫が担当したため、まるで舞台をみている様なスラップスティックコメディとなった。ここでは小津フリークの竹中直人らしく、ローアングルのカメラワークや表情がまったくもって小津。小津度70% 次作「東京日和」ではシリアスに小津節全開か?と思われたが極めて私的な演出に従事した傑作となった、猫にむかって「おーい教えてくれ〜」と言う中山美保の演技のわざとらしさが小津といえば小津。


「秋刀魚の味」小津安二郎

 冒頭の真っ赤な煙突が並んでるシーンが、どうしてもジャック・タチの「ぼくの叔父さん」を想起させられる小津最後の映画。小津はモダニストだと思う、移り変わる時代の中、普遍的な親と子のドラマを永遠に刻もうとした彼は、常にその時代の風俗を対立軸として持ってくる、もし現在も生きていたら、澁谷あたりの若者の文化を持ってくる事だろう、小津映画は最後まで自己完結の箱庭世界であったが、それはどこかで現実世界につながっている、フとしたきっかけでぼくらはリアルをおもい知る。


「晩春」小津安二郎

 小津というと誰しも「東京物語」をベストに持って来るのだろうが、僕は本作をベストと感じる、手もつなげないほど仲の良い人は結婚し「わたしはいいの、お父さんといっしょがいいの、結婚しないの」と口元だけ笑った不自然な表情で語る原節子がなんともいい、その隙間に個人的な経験から来る膨大な思い入れ(それは誰もが持っている普遍的なもの)が入ってしまうからだと思う。結婚式が終わって、一人夜中に林檎の皮をむく笠智衆の背中がほんとうに心に染みる!鎌倉へ行かなければと思う。娘の名前はここでも紀子。


「東京物語」小津安二郎

 尾道にすむ老夫婦が自立した子供達を訪ねるというロードムービの先駆け的名作、イタリアでは「みんな元気」というタイトルでリメイクされたりもした。子供達は日々の生活でいそがしく、老夫婦はたらいまわしされたあげく、「やれやれとうとう野宿か…」。そして容赦なくやって来る「死」というものに対しての冷静さ、笠智衆が「こんな事なら、生きとるあいだにもっとやさしゅーしとくべきじゃと思いましたよ」と優しい様な苦しいような表情で語るシーンには、思わず瞳孔が全開になるだろう。でも棒読みだけどね。


「お茶漬けの味」小津安二郎

 これは倦怠期の夫婦を描くコメディ、笠智衆はパチンコ屋の店長で登場、「いやぁイカンです、こんなものが流行るようじゃイカンです」とお説教。ここでも風俗の最先端としてのパチンコと普遍的な夫婦の絆の象徴でもある「お茶漬け」を対比させてますが、単に面白いので別にいいです。「夫婦の味はお茶漬けの味なんだよ〜」と棒読みするラストもまたよし。


「父ありき」小津安二郎

 山本直樹「ありがとう」で引用された傑作。家族というものは、生まれて、一緒に生活して、そして解散し、また別の家庭を作り、そして全ての事はくり返す、それが「LIFE」というものなの。ぼくが勝手に小津テイストと呼んでいる要素、つまり、生と死、親と子、永遠と一瞬、箱庭世界とリアルを対立させた作品では最初になると思う、当時まだ20代にして、中年から晩年まで演じきった笠智衆の父親像がここで誕生。それは嫌になるほどくり返される素敵なドラマ、きみやぼくにもあるかもしれないドラマ。


「トロイの月」原マスミ

 レイモンペイネも稲垣足穂も大好きだよ、原マスミも好きだよ、天才だと思う、ちょっと読んでみるね、君もきっと気に入ってくれるはずさ。「君を好きになってしまうよ/人を好きになる、せつないヒトのしくみ/ぼくらは恋のこども/恋から生まれた恋人たちが/恋をしてつくった恋のこども/世界中のすべてのいのちは恋から生まれた/だから繰り返してしまうよ/君がとても好きだよ/ラララララ…」「果てしなきチルドレン」より…小津度90%


「麦秋」小津安二郎

 紀子→原節子→結婚ものの傑作、笠智衆はめずらしく父親ではなく、縁談の世話を焼く叔父さん役で出演。突然ふすまをあけて登場するシーンが、なんとも可笑しい、誰か離した風船を見上げる老夫婦、がま口を拾ったおばさんは公園の鳩をけちらす、子供達はひいおじいちゃんに飴をあげる、舞台はやはり北鎌倉、時間が現実みたいにゆっくりと流れていく、全てが不自然なゆえ全てが自然に見える魔法。コアな小津ファンは、本作を最高作と言うらしい。鎌倉へ行かなきゃと思う。


「天使達のシーン」 小沢健二

 「この曲は生と死、特に死んでしまうという印象が強い、この曲を演奏していると、曲のある瞬間でフワッと風が吹いてくる」やがて死んでいくという意識で、この世界のさまざまな「光」をきりとってぼくらに見せてくれた天才、小沢健二。僕は本当に尊敬している。ここでは彼は宗教的救済に答を求めているが、それは逃避ではない。「宗教は杖なのだ、弱い人にとって杖は大事な支えとなる、ぼくはなんとか杖がなくても生きていける。」これは、オーケンの日記の中の言葉。神様なんて絶対にいない、でも君が笑ってくれるなら、いてもいいと思う。小津度100%


「万事快調」岡崎京子

 結婚の理由は聞いた/ベットの中で/菊池さんのお父様がガンにかかり/病状は重く/もって後半年だと言う事/その前に安心させたいという事/結婚式には来てくださいますか/いいえ/行きません/いや/あなたは来るでしょう/きっと/結局あの人の結婚式には行かなかった/若い花嫁を見て自分をあわれむのも/あの人を混乱させるもの魅力的だったが/そんな事はむだだ/しなくていい/くだらないことだ/私達の家はもうない/その家があった場所に今はワンルームマンションが建っている/これは私達がまだその家に住んでいた頃のお話。/小津度100%


「冬物語」エリック・ロメール

 現在ヨーロッパで再評価の高い小津だけど、生前には「私が生きている間に私が評価される事は無いだろう」とつぶやいたという、そんなぁ〜、そんな小津を最初に宣伝しまくったのはヴェンダースだが、自らのスタイルは小津とは全く異なっていた、では小津に近い作風の監督は?と考えたらロメールかしら?「冬物語」のあのラストでの自然な再会シーン!あれは出来ないよ、あれは普通出来ません、カメラの存在を無効化させるあのシロウト空気もね。 小津度80%


「ストレンジャー・ザン・パラダイス」ジム・ジャームッシュ

 もはや二度と撮れない映画、人が一生に一回だけ使える魔法をジムはここで使った、不器用な若者達の出会いと別れ、あまりにもぶざまで美しい(ある光)、こんな事は二度と起きない!こんな娘とは二度と会えない!みんな誤解してるみたいだけど、これはシャレオツ映画じゃないです!ジムが小津に影響を受けたとかは知らないけどさ、ローアングルで、寡黙で、人に見せてはいけないパトスがはみ出てて、このモチベーションのレベルは小津と同位置!断言!素晴らしく格好悪い青春映画の名作!いつまでも、いつまでも。小津度95%


「ソドムの市」ピエロ・パオロ・バゾリーニ

 前号でも密かに紹介した超傑作映画。監督は、小津と全く逆位相空間に閉じこめられた男、パゾリーニ。人間を虫けらの様に見下すあのカメラワークは「神の視線」と呼ばれた、「神」になったパゾリーニはロボショップマニアのごとく惨殺され海岸に捨てられた、自らの映画を補完した「神」。対して小津のカメラワークは子供の視線よりも低い、我々は虫けらではない!見下すのではなく、見守るんだ、こっそりと。そして小津は「無」の一文字をもって自らを補完した。二人とも、この世にはもういない。人は死ぬ。


「その他の小津な事柄」

 5つの赤い風船の名曲「縁談」こそ小津である(手元にないのが本当に残念)。老舗のみたらし団子屋さんの孫のきょうちゃんの縁談が決まって、ちょっと寂しくなりそうです、ららら〜と歌う、作詞は松本隆!天才が最も研ぎすまされていた頃の傑作。マンガ家ではどうか?一見オジー(小津ぃ)な作風なのは大島弓子。んが、大島センセは小津とは逆ベクトルである、「つるばらつるばら」などは絶対運命の恋愛の為に性別も年齢も超越しちゃう、榛野なな恵もDNAを変革させるほどに過激さを秘めているし、んむ〜やはりオジーなマンガ家は小椋冬美でしょう、フェミニストの人達には評判悪いけど。あっ、そこも似てるか。


 小津安二郎 (1903 〜 1963)

 東京生まれの三重育ち。 松竹撮影所に入社 (1923)。第1回監督作品 「懺悔の刀」 の指揮をとったのは1927年。 代表作は 「お茶漬けの味」 「戸田家の兄妹」 「麦秋」 「東京物語」 など。 最初,小津の映画は日本国内でしか評価されていなかった。日本の家族ばかり描いていたから仕方のないことであったが,1950年代にイギリスで上映されたとき,小津安二郎の映画が世界で通用することを国内にも知らしめた。


変わらないものってあるかしら

時間に勝てる方法ってないかしら


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